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ユジャ・ワン《ラフマニノフ:ピアノ協奏曲全集》 [音楽]

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Yuja Wang (asia pacific arts 2023.02.26より)

ラフマニノフのピアノ・コンチェルトの録音といえば、4曲の中で第2番と第3番が選ばれることが多いように思う。ユジャ・ワンの場合も過去に第2番と第3番はすでにリリースされているが、今回、グスターボ・ドゥダメルの指揮の下に出されたピアノ協奏曲全集とうたわれた録音は全4曲にプラスして〈パガニーニの主題によるラプソディ〉という構成のCD2枚組である。
このプロジェクトは今年2月に、ロサンジェルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールでラフマニノフ生誕150周年として全4曲を演奏するコンサートが開かれたのだというが、その成果をリリースしたものである。

過去の録音は第2番がクラウディオ・アバド/マーラー・チェンバー・オーケストラ、第3番がドゥダメル/シモン・ボリバル・オーケストラ・オブ・ベネズエラによるものであった。今回の4曲はドゥダメル/ロサンジェルス・フィルハーモニックとの協演である。

YouTubeにはDGGによって演奏の一部が上がっている。今のところ第2番の II.Adagio、第4番の II. Largo、そして第1番の終楽章 III. Allegro vivaceであるが、前2者は緩徐楽章でありこれらの緻密さにも惹かれるが、第1番のAllegro vivaceが躍動的で、かつ丁寧に弾かれていて素晴らしい。4曲はごく短い期間でレコーディングされたようだが、慣れ親しんでいると思われる曲とはいえ、全4曲を連続して弾ききってしまうというのは驚くべきことである。

第1番の全曲演奏をYouTubeで探すと、ルドルフィヌムのドヴォルザーク・ホールにおけるセミヨン・ビシュコフ指揮/チェコ・フィルハーモニーのライヴ動画が存在する。ルドルフィヌムはチェコ・フィルの本拠地であり歴史のあるホールであるが、ビシュコフの音はそのホールに似つかわしい端正な音で聴かせる。しかし、今回のドゥダメルとの演奏を聴いてしまうと、その音のダイナミクスとシャープネスが圧倒的だし、口元を見るとメロディを歌うようにして弾いているのが楽しげで余裕も感じられ、何よりラフマニノフという名前の印象から醸し出される、ときとして耽美で退廃的なイメージとは無縁のピアニズムに感心する。それでいてメカニックで心の無い演奏だという感触とも違う、まさに成熟した音である。
逆にいえばラフマニノフに対して、つい持ってしまいがちな常套的イメージとしてのメランコリックでデカダンな音はユジャ・ワンの音には無い。それは他の、たとえば前に記事にしたヴェルビエ・フェスティヴァルにおけるシューマン〈クライスレリアーナ〉の解釈などにも同様に感じ取られる彼女の感性である。
個人的にいうのなら、ラフマニノフのピアノ・コンチェルトは比較的不人気な第1番が昔から好きで、さらにいえば交響曲も何かとりちらかっているような第1番が好きなので、今回のユジャ・ワンの第1番の演奏には、思わず没入してしまう下地があったのである。

タワーレコードのクラシックCD売場では売れているCDの第1位であった。当然だろうと思うばかりである。


Yuja Wang/Rachmaninoff: The Piano Concertos & Paganini Rhapsody
(Universal Music)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲全集 他 (UHQCD/MQA)(2枚組)




Yuja Wang, Gustavo Dudamel, LA Philharmonic/
Rachmaninoff: Piano Concerto No. 1: III. Allegro vivace
https://www.youtube.com/watch?v=3tlep2vruYA

Yuja Wang, Gustavo Dudamel, LA Philharmonic/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.2: II. Adagio sostenuto
https://www.youtube.com/watch?v=BxX1obB9GKk

Yuja Wang, Gustavo Dudamel, LA Philharmonic/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.4, II. Largo
https://www.youtube.com/watch?v=XzyzCCvBFzU

Yuja Wang, Semyon Bychkov, Czech Philharmonic/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.1
February 25, 2022, Rudolfinum, Dvořák Hall
https://www.youtube.com/watch?v=YfjB-HF4RVw

《参考》
Yuja Wang, Gustavo Dudamel,
The Simon Bolivar Symphony Orchestra of Venezuela/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.3
February 2013
https://www.youtube.com/watch?v=NxmZeVMsf_c

Yuja Wang, Valery Gergiev, Mariinsky Theatre Orchestra/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.2
September 20, 2021
https://www.youtube.com/watch?v=NsqXCO0ADwM&t=289s

Yuja Wang, Andrés Orozco-Estrada, Wiener Philharmoniker/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.3
October 21, 2019
https://www.youtube.com/watch?v=Sd9zkD3t_ME

Yuja Wang, Myung-Whun Chung, Staatskapelle Dresden/
Rachmaninoff: Piano Concerto No.3
September 8, 2019
https://www.youtube.com/watch?v=VHre-G8wlb4
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末尾ルコ(アルベール)

グスターボ・ドゥダメル指揮の動画、視聴させていただきました。他の動画も順次視聴していきます。愉しいです。
もちろんわたしにクラシック音楽の演奏の機微は分かりませんが、この前のヒラリー・ハーンもそうでしたが、「解釈」ということ、クラシック音楽においては実に興味深いことですね。
ラフマニノフに関しても代表曲などしか知りませんが、「耽美」「頽廃的」「メランコリック」「デカダン」というイメージ、概ねわたしも持っておりました。それとさらに通俗的になりますが、「情熱的」とか「ロマンティック」とか、そんなイメージを持っておりました。ユジャ・ワンの演奏はそうしたイメージとは大きく離れているというわけですね。そのあたりの差異というのは聴き込んでないわたしにはまだまだ分かりませんが、今回視聴させていただいて、わたしの言えるのは(ただただ美しい…)と、我ながらスゴイ感想だなあとは思いますが(笑)。

Aiko、以前はまったく興味なかったのですが、lequiche様のお話の影響でこのところしょっちゅう聴いております。彼女はデビューアルバムからずっと素晴らしかったのでしょうか。と言いますか、初期からその頭抜けた才能を感じさせていたのでしょうか。RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2023-09-19 21:22) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

楽譜に書かれていることは厳密のように見えて
実はそうでもないことがあります。
現代曲だとかなり細かい指定があるのが常ですが
昔の曲は演奏者に委ねられている部分が多いように思えます。
その裁量が可能な部分をいかに表現するか、が重要です。

ユジャ・ワンはドゥダメルとの相性が良いように見えます。
単純に美しいということで見た場合ですが
上記本文にリンクした中では
2013年2月のラフマニノフ3番の演奏、
指揮はドゥダメル、動画は1分26秒しかありませんが
この部分のユジャ・ワンの指の動きは軽やかで魔法のようです。
同じものをリンクしておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=NxmZeVMsf_c

aikoはデビューまでにいろいろとあったらしいですが、
デビュー後も最初は売れず、3rdシングルの〈花火〉でブレイク、
ということを聞きました。
YOASOBIの2人はaikoを絶賛していて
その番組の中でデビューまでの経緯を語っていました。
その独特な音列に違和感を持つこともあるようですが、
一度ハマッてしまうとクセになるのではないかと思います。
いわゆるブルーノートの使い方が絶妙ですが
菊地成孔もその音使いを褒めていました。

ライヴでの歌唱がaikoの特徴を最もあらわしているように感じます。
例えば下記のライヴにおける〈花火〉が一番気にいっています。
かなりハイテンションになっていて、
ところどころフェイク (原曲と違うメロディにすること) が
入りますが、ラフに歌っているように見えて
この完成度はすごいです。
https://www.youtube.com/watch?v=J15khdjRXoA

(そのうちにaikoの記事を書こうと思って
この動画はそれまで伏せておこうと思っていたのですが…… ^^;)
by lequiche (2023-09-22 02:51) 

coco030705

こんばんは。
ユジャ・ワン、相変わらずメチャお洒落ですねぇ☆
演奏もすばらしい。楽しい感じ。このCD買おうかしら。
クラシックのCDって、久しく買ってませんが、買ってもいいと思えました。
by coco030705 (2023-09-24 19:57) 

lequiche

>> coco030705 様

彼女にとっては当然なのだと思うのですが
第1番から第4番まで、それぞれ着ているドレスが異なります。
笑ってしまうのはゴツい腕時計らしきものを付けていることで
普通、ピアニストは腕時計なんか付けません。
演奏の邪魔ですから。(^^)

楽しんで余裕を持って弾いているように見えますが
ここに達するまで、きっとすごく練習しているんだと思います。
でもそれをオモテに出さないのがすごいです。

CDは2枚組なのでやや高価ですが、
協奏曲が4曲全部入っているのでオトク感もあります。
上記の日記本文にリンクしたのは日本盤ですが、
日本語解説がなくてもよいのでしたら輸入盤のほうが安いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/B0C8C4NPQC/
by lequiche (2023-09-27 02:42)