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ほしおさなえ『紙屋ふじさき記念館 麻の葉のカード』 [本]

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角川文庫から出ているほしおさなえ『紙屋ふじさき記念館 麻の葉のカード』と『銀塩写真探偵 一九八五年の光』を読む。三日月堂の活版印刷に続いて、今度は紙だよ、と聞いて書店で探したら『紙屋ふじさき記念館』と『銀塩写真探偵』が並んでいるのを発見。

まず『銀塩写真探偵』はそのタイトル通り、フィルムカメラの話。デジタルカメラが普通の今日、フィルムカメラでしかもモノクロにこだわる写真家と、そのこだわりに共感して弟子入りする高校生を描く。途中から 「魔法の引伸し機」 が出現してSFっぽくなるのだが、それはともかくとして作者の古いカメラへの憧憬というのか、そのこだわりかたが三日月堂の活版印刷と同様の嗜好で面白い。主人公はニコンF3で写真を撮り始めるが、その師匠の回顧談はライカM3の中古を入手するという話であり、それらにまつわる人間模様がいつもながらの 「ほしおさなえ節」 なのである (『pen+』という雑誌のライカ特集を読んだばかりだったので、あぁM3と納得した。ブラックボディのM3を持った木村伊兵衛はカッコイイ)。
主人公は東京の西国分寺の公団住宅に住んでいるという設定なのだが、このあたりを知っている人にはごくローカルな話題になってしまっているのが楽しい。主人公の通っているのは恋ヶ窪高校で、大学は近くの国分寺大学に合格する (ここ、笑うところ)。SFになっていく部分では、過去の国分寺あたりの風景が語られるが、ほしおさなえは国分寺崖線のことも書いていたし、このへんの地理に詳しいんだなぁと思いながら読む。銀座の中古カメラ店の描写なども妙にリアルで、「オフセットじゃなくて活版だよ」 というのと同様に 「デジカメじゃなくてフィルムだよ」 というメッセージが感じ取れる。

『紙屋ふじさき記念館』は紙、というか和紙に関するストーリーでそれは三日月堂の活版へのこだわりの同工異曲ととることもできるが、ここでも例によっていろいろな蘊蓄があって、そのマニアックなのに引き込まれる。紙屋ふじさき記念館は日本橋高島屋の近くのビルという設定になっているのだが、このあたりの描写も上手くて、つまりリアルな地理をたどりながら、ふっとその中にウソを混ぜていくのがこころよい。三日月堂でもそうだったのだが、どこまでが本当でどこからがウソなのか、といつも気になってしまう。
主人公・百花は大学生で、あるきっかけでふじさき記念館という和紙加工のコンサルタントみたいなことをしている偏屈な館長の下でバイトを始めるのだが、器の店を営む叔母さんとか、螺鈿のアクセサリーとか、魅力的なアイテムにことかかない。
つまりこれは理想的な青春小説だし、夢の世界の小説なんだよなぁ、実際にはこんなにうまくいくことなんてそんなにないんだけど、と少し冷静に引いてしまった状態で思うのだが、その気持ちよさでぐんぐん押してくるところが、繰り返すけれど 「ほしおさなえ節」 なのだ。

それでこの紙屋ふじさき記念館って、これから続くのかなと思っていたら、やっぱりその続編が出ていました。でも活版とかフィルムカメラとか和紙とか、そういうのってノスタルジックというだけではなくて、やはり強固な歴史があって、だから主人公は本はデジタルでなくて紙の本で読みたいと言うし、それはこの頃、アナログレコードが盛り返してきているのと同様な傾向なのかもしれないと思う。もちろんそれがメインストリームに復活することはないのだろうけれど、でもそんなに簡単にすたれないということ。シンセもいいけど、やっぱりハモンドだよ、みたいなのも同じ。


ほしおさなえ/紙屋ふじさき記念館 麻の葉のカード
(角川文庫)
紙屋ふじさき記念館 麻の葉のカード (角川文庫)




ほしおさなえ/銀塩写真探偵 一九八五年の光
(角川文庫)
銀塩写真探偵 一九八五年の光 (角川文庫)




ほしおさなえ/紙屋ふじさき記念館 物語ペーパー
(角川文庫)
紙屋ふじさき記念館 物語ペーパー (角川文庫)




Pen+ (ペン・プラス)『増補決定版 ライカで撮る理由。』
(メディアハウスムック)
Pen+(ペン・プラス) 『増補決定版 ライカで撮る理由。』 (メディアハウスムック)

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