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死の音はみな同じ ー J・S・バッハ《パルティータ第6番》 [音楽]

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音楽はバッハしかない、と頑なに思いこんでいた時期が若い頃の私にはあって、それはバッハの音楽が抽象的であり、具体的に何ものをも指さないことに憧れていたからなのかもしれなかった。

そしてバッハの鍵盤曲で私が好きだったのは、平均律でもゴルトベルクでもなくて、断然パルティータである。繰り返しよく聴いていたのは第2番だったが、冒頭のシンフォニアへのミーハー的な偏愛はともかく、アルマンド、サラバンドといった名称の舞曲の軽いやわらかなリズムに浸ることが密かな楽しみでもあったのだと思う。

この前、バルトークのことを調べていた時、バルトークがドメニコ・スカルラッティの校訂もしていたとwikipediaに書かれているのを発見したが、それは日本語wikiだけなので真偽のほどはよくわからない。だが、スカルラッティもバルトークもその鍵盤曲のベースにフォークロアなテイストがあることは確かであり、バルトークの弾いたスカルラッティも残っているので、鍵盤曲のルーツとしてのリスペクトはあったのに違いない。

さて、スカルラッティの研究者としてラルフ・カークパトリック Ralph Kirkpatrick がいて、スカルラッティの作品は一般にカークパトリック番号で呼ばれる。
ドイツ・グラモフォンにはアルヒーフという、バロックなどの古楽曲の、まさにアーカイヴとなっているレーベルがあるが、アルヒーフの初期のラインアップの中で、バッハのパルティータの演奏はこのカークパトリックで、私は彼のチェンバロの音が好きだったのだが、でも一般的には学究的過ぎる演奏と評判が悪かった。その後、トレヴァー・ピノックの弾いたパルティータがアルヒーフのレギュラーになったが、ピノック盤は私はあまり好きではない (演奏というよりその録音が)。
今年になってリリースされた ARCHIV PRODUKTION 1947-2013 というボックスセットはアルヒーフ66年間の (なんだか半端だが) ベスト盤集成といってよいだろうが、残念ながらパルティータは収録されておらず、しかしカークパトリックの弾いたスカルラッティが収録されている。

6曲あるパルティータのうち、最後の第6番をピアノで弾いている演奏を聴いたのもたしか車の中で流れるFM放送によってであった。ピアニストが誰だったかは忘れてしまったが、そのパルティータ演奏の終曲 Gigue は、まるで死の曲のようで、それはそのピアニストの解釈だったのかもしれないが、暗くて、その絶望的なニュアンスは尋常ではなかった。ああ、こういうパルティータの弾き方もあるのか、と改めて思った。

それから較べるとグレン・グールドの演奏は最終曲の Gigue もさらっとしているようでいて、でも集中力があってひきこまれる。突き放されたように、ふいに喪われる生命のように曲は終わる。
Allemanda や Sarabande も舞曲としての優雅な表情は稀薄で、ずっと寂しいままで、冷たく降り始める6月の雨のようで、この第6番の孤高な印象を際だたせている。

Partita06_Gigue.jpg


ARCHIV PRODUKTION 1947-2013 (Deutsche Grammophon)
Archiv Produktion 1947-2013




Ralph Kirkpatric The Complete 1950s Bach Recordings on Archiv
(Deutsche Grammophon)
Complete 1950's Bach Recordings on Archiv




Glenn Gould Plays Bach (Sony Classical)
Glenn Gould Plays Bach: 6 Partitas Bwv 8




Glenn Gould/Bach: Partita No.6
http://www.youtube.com/watch?v=-bL2qhrGeJA

Bartók plays Scarlatti
http://www.youtube.com/watch?v=1S63HpAmCt0
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Loby

いつも通り、YoutubeでPartita No.6を聴かせていただきました。
心が清々しくなるような名曲ですね♪

by Loby (2013-06-19 04:56) 

lequiche

>> Loby様

ありがとうございます。
バッハは聞き出すとそれだけで満足できてしまいます。
疲れているときは、心に沁みますね。
by lequiche (2013-06-19 14:26) 

gorge_analogue

lequicheさま
ご無沙汰です。
タイトルを見て少し考えました。
グールドのバッハは

>降り始める6月の雨のようで

非人情、というか何かしらの感情と関係のない「音」としてのバッハの唯一性を体現しているんじゃないかと思います。またはそれが「死」の非人称性を連想させるのかもしれません。
by gorge_analogue (2013-06-22 14:19) 

lequiche

>> gorge_analogue様

グールドの演奏は最初に聴いたとき、
少し軽く流し過ぎてるんじゃないかと思いました。
でも、そうではなくて、
つまり人間のセンチメンタルな部分に訴えかけてくるのとは
少しアプローチが違うような気がします。
それがバッハの音楽の持っている深淵な部分かもしれなくて、
グールドが提示しているパルティータには回答が存在しません。
この「突き放され感」が逆にバッハの意志を伝えているのだと思います。
by lequiche (2013-06-23 15:41) 

藤田伊織

バッハの新曲をお届けします。
イタリア協奏曲第2番です。
http://www.geocities.jp/imyfujita/italianconcerto2/index.html
ドイツ最新音楽ミステリー「バッハ 死のカンタータ」に登場します。

by 藤田伊織 (2014-05-27 21:16) 

lequiche

>> 藤田伊織様

音楽ミステリー、面白そうですね。
音楽もミステリーも構造的で構築的な部分が似ていますから、
2つが合体すると最強かもしれないです。(^^)
by lequiche (2014-06-03 00:58) 

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