エル=バシャのベートーヴェンを聴く [音楽]
エル=バシャの新しいベートーヴェン・ソナタ全集を聴く。
彼には今までフランス・Forlane盤のベートーヴェン全集というのがあったが、これは各々録音されていたベートーヴェンのソナタをまとめて箱に入れただけのもので、録音もかなり古くなってしまった。Forlaneにはショパン全集もあったが、作曲年代順に収録されている全集なのにもかかわらず、これも同様にデザインが盤毎に違っていたりして、内容に較べると、見た目がちょっと悲しい状態だった。
今回の2回目のベートーヴェン全集は、前回のプロコフィエフ (→2012年6月17日ブログ) と同様にMIRAREから出されている。白を基調としたシンプルなデザインで、最初から全集として企画されている。
録音は2012年4月から2013年1月にかけて、フランスのヴィルファヴァール農場 (la Ferme de Villefavard) というホールを使って行われたとのことである。ピアノはベヒシュタインを使用している。
ヴィルファヴァール農場というのは、写真で見ると木材を主に用いた大きな納屋のようなホールであって、太い剥き出しの梁が見えている。
といっても、おそらくよく考えられている設計であって、音はあくまでクリアで、かつ柔らかな芯を持って聞こえる。
昨日開封したばかりなので、まだ最初のほうしか聴いていないが、とりあえずファースト・インプレッションを書いてみようと思う。ベートーヴェンのソナタは32曲あるが、それが番号順に並んでいて、但し1〜3番の後に、19〜20番があって、それから4番以降が続いている。これは19番、20番がおそらくこの時期に書かれた作品だからであって、つまりエル=バシャのショパン全集と同じように作曲順に並べられていることになる。
第1番〜第3番のソナタはop.2としてまとめられている3曲だが、第1番の第1楽章冒頭の印象的な主題は透明な悲しみに聞こえてきて、こういう曲が第1番というところにベートーヴェンの人生が見えるような気がする、とあらためて感じた。
でも、エル=バシャは感情に流されるような弾き方は決してしない。つまり髪振り乱したパセティックなベートーヴェン的イメージとは無縁である。テーマの弾き方が期待していたよりもちょっと遅めで、しかもくっきりと1音1音を鳴らしていくので、あぁ、こういうふうに行くのかぁ、と少しだけ違和感を持ったのだけれどすぐに慣れた。通俗的な表現をするなら、音は端正で禁欲的である。といって枯れているとか貧弱なわけではない。
まだ聴き較べているわけではないので記憶だけでいうと、Forlane盤から受けていた印象とはかなり異なるような気がする。
だから仄暗いはずの第3楽章でも、特に左手のパッセージがくっきりしていて、仄暗い部分が回帰してもウェットな感傷にはならない。
この曲はほとんどがf-mollという調性で押し切られてしまう構成になっているが、最後の第4楽章もf-mollで歯切れよく速くて、リズム的にはあまり余韻がなくて、というよりはわざと短めに刻んでいるような印象があって、するっと現れるせつなさの影がより際立つスタイルになっている。
同様にして、たとえば第3番の第2楽章 Adagio のような緩い部分でも、リズムは非常に構成的に推移して全然だれない。こうした緩徐楽章の上手さはいつものエル=バシャである。
la Ferme de Villefavard
Abdel Rahman El Bacha/Beethoven Complete piano sonatas (MIRARE)
ベートーベンは「運命」や「月光」ぐらいしかわかりませんが
人としての生涯の歩みとか、パーソナリティが気になります(*^-^)
by miel-et-citron (2013-10-12 21:16)
>> miel-et-citron 様
ベートーヴェンはどうしても強烈な個性が強調されがちですけれど、
作品はどれも手抜きがなくて緻密で完璧です。
よく「作品は作者の手を離れてひとり歩きする」と言われますが、
確かにそういう部分もありますけれど、
やはり作者とは切り離せないものだと思います。(^^)b
by lequiche (2013-10-13 16:06)