SSブログ

これからの人生 — アート・ファーマー《Yesterday’s Thoughts》 [音楽]

ArtFarmer_150321.jpg
Art Farmer

マイルス・デイヴィスの歴史におけるエレクトリック・マイルスという形容は、それまでのアコースティクな楽器を電気楽器に持ちかえるという意味であったが、マイルスのトランペットは単純にエフェクトを通しただけで、特殊なトランペットに交換されたわけではない。
変化があったのはピアノがエレクトリック・ピアノやその他のキーボードに、そしてアコースティク・ベースがエレクトリック・ベースに差し替えられた、という点である。もちろんそうしたインストゥルメントの変化だけでなく、リズムがロック寄りになったり、ワンコーラスという構造が無くなったり、ないしは稀薄になったりという変化もその特徴である。

しかしそうした変革はマイルスにとって果たしてプラスだったのだろうか、という疑問は残る。確かに時代はそのような変化を求めていたし、それは歴史的必然だったのかもしれない。そしてマイルスの元から離れたチック・コリアによって1972年にリターン・トゥ・フォーエヴァーが結成され、同名のアルバムが大ヒットとなる。RTFはその後のフュージョン・バンドの原型となるのだが、コリアはRTFに先だって、サークルという先鋭的なグループを立ち上げたが、それが失敗に終わった後の、方向性としては正反対のグループがRTFであったとして位置づけることが可能である (方向性とは何かといえば、それは音楽がコマーシャルか否かということである)。
そしてそれ以降、現在に至るまでのフュージョンというジャンルの隆盛は、マイルスの志向した音楽性とはやや異なるものであったと見ることができる。つまりきっかけを作ったのはマイルスだが、できあがったジャンルとマイルスとの齟齬は彼の後期の歴史にだんだんとボディブローのように効いてきたのではないかと思う。

ジャズのエレクトリック化あるいはフュージョンへの変質は、そのバスに乗り込めた人間と乗り損なった人間という分化をもたらした。あいかわらず旧来のアコースティクなジャズを続けようとした人はもともとバスに乗り込む気もなかったのかもしれない。

アート・ファーマーの《Yesterday’s Thoughts》はそのような時代に作られたアルバムであり、プロデュースしたのは日本の East Wind である。こうした需要がその時代にどの程度あったのかはわからない。アメリカのジャズが一時下火になり、ミュージシャンがヨーロッパに移住したり別の仕事をせざるを得なかった時期があったというのがこの頃なのかどうか私はよく知らないが、オーソドクスな旧来のジャズに翳りが見えたことはあるだろう。

このEast Windで作られたアート・ファーマーのアルバムは4枚あるが、そのうち3枚がスタジオ録音で、リリース順に《Yesterday’s Thoughts》《To Duke With Love》《The Summer Knows》である。
だが録音日を見ると、最初に録音されたのは《To Duke With Love》が1975年3月5日で、《Yesterday’s Thoughts》は1975年6月16〜17日、そして《The Summer Knows》が1976年5月12〜13日となっている。デューク・エリントンの亡くなったのが1974年5月24日で、《To Duke With Love》は彼への追悼盤としてエリントンやストレイホーンの曲をフィーチャーして製作されたアルバムだと思われるが、たぶん、それでは地味すぎるというのが《To Duke With Love》が後の発売になった理由なのではないかと推理する。

あまりハードでない、BGMにも使えるようなソフトなコンセプトで、というのがこのシリーズの方針だったように思える。それで最初に出された《Yesterday’s Thoughts》も、3枚目の《The Summer Knows》も同じ構成をとっている。
1曲目がどちらもミシェル・ルグランの映画音楽、そして2曲目がボサノバという曲順である。イージーリスニングを狙っていたことは間違いない。どちらかといえば1枚目の《Yesterday’s Thoughts》のほうが、そのソフトさ加減が適正であり《The Summer Knows》はやや甘過ぎる。でも音楽として劣るということではなく、今聴いても全然古びていないアート・ファーマーの真摯な姿勢が見える。
ジャケットのコーヒーカップからこぼれたコーヒーは、当時流行していたと思われる石岡怜子のエアブラシで描かれていて、最先端のものほど、時が過ぎてから振り返ると時代性が現れてしまう典型を示している。

ミシェル・ルグランといえば、まず思いつくのはジャック・ドゥミの映画《シェルブールの雨傘》の音楽であり、彼の、というより映画史上の最高傑作であるが、それはまた別の機会に書くとして、《Yesterday’s Thoughts》の冒頭曲は〈What Are You Doing the Rest of Your Life?〉(これからの人生) であり、これはリチャード・ブルックスの映画《The Happy Ending》(1969) のために書かれた曲である。
この録音のためにEast Windがアート・ファーマーにオーダーしたのは、トランペットでなくフリューゲルホーンを吹くことで、トランペットよりソフトで深い音色を持つフリューゲルホーンがこれだけ嵌っている演奏はそんなにない。
ごく短いピアノに続けて入るファーマーのフリューゲルホーンの1音1音は、暗い輝きを持って心の底のほうにずっと沈んでゆく。シダー・ウォルトンのピアノのバッキングがそのホーンの音にからんでゆく。

そして2曲目がアントニオ・カルロス・ジョビンの〈How Insensitive〉というつながりは、たそがれから夜にかけての気怠いムードによく似ているし、元気だけれど空疎かもしれないフュージョンミュージックに対するアンチテーゼでもある。スタンダードの〈Alone Together〉やベニー・ゴルソンのアルバムタイトル曲〈Yesterday’s Thoughts〉という取り合わせも絶妙である。

この構成が比較的成功したためだろうか、3枚目の《The Summer Knows》の最初の曲も
ミシェル・ルグランの〈The Summer Knows〉から始まる。ロバート・マリガンの監督による《The Summer of ’42》(おもいでの夏) という1942年のアメリカ映画のための曲である。
そして2曲目が〈Manhã de Carnaval〉という、つまり〈カーニバルの朝〉として知られる映画《黒いオルフェ》の主題歌だが、曲としてはボサノバといってよいだろう。ジャズにした〈カーニバルの朝〉にはジェリー・マリガンの《Night Lights》での名演があるが (→2012年09月20日ブログ)、《The Summer Knows》でのファーマーの演奏は意外性を帯びた軽快さで、その軽さが美しい。

これらのEast Wind盤のファーマーは、ごく内輪に評判になった程度なのかもしれないが、そのかわりいつまでも色褪せない。皆が熱狂して立ち上がる音楽も音楽の1ジャンルだが、帰れる場所が用意されているのは内省的な音楽に限られる。


Art Farmer/Yesterday’s Thoughts (ユニバーサルミュージック)
イエスタデイズ・ソウツ




Art Farmer/The Summer Knows (ユニバーサルミュージック)
おもいでの夏




Art Farmer/The Summer Knows
https://www.youtube.com/watch?v=J2VNCfQx4NE
nice!(48)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 48

コメント 4

リュカ

リンク先の曲聞きながら
ネットサーフィンしております(^^)
この時間から・・・飲みたりますww
by リュカ (2015-03-21 11:40) 

lequiche

>> リュカ様

ありがとうございます。
アート・ファーマーはどちらかというと夜のムードなので、
やっぱりお酒のイメージですね。
ワインがいっぱいあるとのことですし飲み放題ですね。(^^)
by lequiche (2015-03-21 14:11) 

sig

こんばんは。
「シェルブールの雨傘」も「黒いオルフェ」もリアルタイムで観た世代で、音楽も好きですから、知らずにアート・ファーマーに触れていたようですね。ボサノバのけだるさ、好きです。
by sig (2015-03-21 23:17) 

lequiche

>> sig 様

リアルタイムですか! それはすごいですね。
シェルブールは、この前出されたDVDで
色がおそろしく改善されました。とても深い色彩です。
すべてのシーンがそれぞれに美しいです。

ボサノバは、シビアな言い方をすると、もう死んだ音楽です。
死んでしまったゆえにそのはかなさが美しい、
といえるのかもしれません。
by lequiche (2015-03-22 03:38) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0