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ブロードウェイ・ブギウギ — 坂本龍一《未来派野郎》 [音楽]

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YMOの頃

まもなく坂本龍一の《音楽図鑑》と《エスペラント》が再発されるが、今回の《音楽図鑑》には別トラック、未発表曲が追加されるとのことで楽しみである。ということで、今日の話題は《未来派野郎》について。(ハイッ?)

《未来派野郎》は《音楽図鑑》(1984)、《エスペラント》(1985) に続く坂本の1986年のアルバムである。順番からいうと次の再発になるはずである (と勝手に期待している)。
《音楽図鑑》はYMO後の最初の坂本龍一のソロアルバムであり、比較的時流に乗ったポップな作品とも形容できるが、そういうのばかりじゃちょっとね、ということなのか、少し違った方向性で作られているのが《未来派野郎》で、そのタイトルが何となく座りが悪いだけでなく、オリジナルのジャケットデザインもやや異質であったがこれは後に別のデザインに差し替えられてしまった。

内容はやや地味な感じもするが、今聴いてもその音は硬質で新鮮であり、ノイズとかラップを効果的に使っている曲もあり、ヴァラエティがありながら全体の流れは一貫している。それは全て 「未来派」 というキーワードにあらわれているようだ。

未来派とはフトゥリズモ Futurismo のことであり、フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ (Filippo Tommaso Marinetti, 1876−1944) の未来派宣言 Manifeste du futurisme, 1909 がその出発点である。フトゥリズモは後のロシア・アヴァンギャルドやダダイズムに影響を与えた芸術運動である。

《未来派野郎》の1曲目は〈Broadway Boogie Woogie〉というタイトルで、キツく弾むリズムにメイシオ・パーカーのサックスが重なる、ハードさを感じさせる曲だ。サンプリングが効果的に使われているのはこのへんの作品からで、それはフェアライトCMIやイーミュレーターといった機材が開発され、導入された時期だからであると思う。彼がフェアライトを使ったのは《音楽図鑑》の製作途中からだというが、ケイト・ブッシュが《Never for Ever》(1980) でフェアライトを使用して以後、ミュージック・シーンでは、こうした音が一種の流行となったのだと思われる。
また《Never for Ever》の頃との一番の違いはデジタルシンセの使用であり、ケイト・ブッシュではまだCS-80であったが《音楽図鑑》では1983年に出されたヤマハDX7が使用されていると解説にある。

タイトルの〈Broadway Boogie Woogie〉とはピエト・モンドリアン (Piet Mondrian, 1872−1944) の同名の絵画のタイトルから採られている。モンドリアンは未来派の画家で、抽象派の元祖のような人であるが、〈Broadway Boogie Woogie〉はブロードウェイの地図を模している造形的で禁欲的な色使い (3原色だけ) という作品である (描かれたのは1942−1943年)。絵画というよりデザインに近い印象を受ける。
色を多種類使わないということから私はディック・ブルーナのナインチェ・プラウスを連想するが、こうした単純化の原点は、モンドリアンにしてもブルーナにしてもパブロ・ピカソからの系譜であることは確かである。
坂本の〈Broadway Boogie Woogie〉には、そのゴシャッとした音の中に映画《ブレードランナー》(1982) のサンプリングが混じっている。つまりモンドリアンのイメージを下敷きにして、ジョージ・オーウェルの予言した1984年というディストピアな未来をすでに過ぎた音と、さらに未来の2019年のフィリップ・K・ディックのレプリカントのイメージとが混在しているのである。

もっとも坂本龍一の《未来派野郎》のリリースの前に、高橋幸宏の《tIME aND pLACE》という1983年のライヴ録音があるが、このジャケットデザインはモンドリアンの〈Broadway Boogie Woogie〉と色彩的に似ている。何か共通する意識があったのだろうか。

未来派には音楽の系譜もあり、ノイズ・ミュージックの原点といわれるルイジ・ロッソロなどとともに、ジャチント・シェルシ (Giacinto Scelsi, 1905−1988) の名前が見える。シェルシは mode records からリリースされているシェルシシリーズ10枚のうちのvol.5となる Piano Works 3 を髙橋アキが弾いているが、その長いやや謎のある生涯の最初にそんなかかわりがあったことを初めて知った。

ただ、フトゥリズモは芸術運動であるとともに政治的な色彩も帯びていて、マリネッティやガブリエーレ・ダヌンツィオ (Gabriele D’Annunzio, 1863−1938) など、こうした人たちのイタリア・ファシズムへの傾倒があげられるが、そうした関わりから未来派は変質し崩壊していった。ダダからシュルレアリスムへと向かった運動が崩壊していったのもフトゥリズモのような政治的問題とは異なるが、また同様である。運動とは常に崩壊するものなのだろう。
ダヌンツィオはルキノ・ヴィスコンティの映画《イノセント》 (L’innocente, 1976) の原作者であり、翻訳も出ているが私は途中までしか読んでいない。ヴィスコンティの映画は、遺作となってしまったが、たぶん彼の作品のなかでもっとも退廃的で美しい作品だと思われる。

と限りなく坂本龍一から外れてしまったが、6曲目の〈Variety Show〉ではマリネッティの演説する声がサンプリングされている。8曲目の〈Water is Life〉はサンプリングだけの切り貼りであり、サンプリングが面白くて仕方がないという試みだが、今から聴くとやや食傷気味な感じもする。

比較的おだやかな、たとえば〈黄土高原〉のような《音楽図鑑》的曲もあるため、リズムがしっかりと打ち出されているのは、2曲ある〈G.T.〉ということになる。〈G.T.〉はシングルで発売されたので、比較的よく知られている曲でもある。
結局、坂本にとってフトゥリズモというのも一種の触媒なのかもしれない。未来派でも古典派でも何でもサンプリングしてしまって均一化してしまおう、というのがこのアルバムのコンセプトなのかもしれないなどとここまできて突然思いついてそう書いたらバカみたいだが、もう書いてしまったのでしかたがない。

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Piet Mondrian/Broadway Boogie Woogie (1942−43/Oil on canvas)


坂本龍一/未来派野郎 (midi)
未来派野郎




坂本龍一/未来派野郎 (midi) (初期盤)
未来派野郎




坂本龍一/音楽図鑑 (midi)
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坂本龍一/未来派野郎
https://www.youtube.com/watch?v=B0CMJRLTU0A
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コメント 6

sig

こんにちは。
坂本龍一とフトゥリズモとも外れて恐縮ですが、「ここまできて突然思いついてそう書いたら・・・」というところ、分かります分かります。
by sig (2015-03-24 16:35) 

desidesi

コメントありがとうございます。
私はナインチェの耳が立った年に生まれました。
ミッフィーって言わないところが
lequicheさんらしくて、お洒落ですね〜♪ (๑◔‿◔๑)
by desidesi (2015-03-24 19:05) 

lequiche

>> sig 様

はい。半分本音で半分ギャグですね。(^^;)
ツメが甘いなぁと最後になって気がついたんです。

シェルシは世代的に違うと思っていたら
未来派とのかかわりがあってびっくりしたことと、
なぜイノセントはヘルムート・バーガーじゃなくて
ジャンカルロ・ジャンニーニなのかとか、
坂本龍一から限りなく離れていく気がしたので
強制終了させてしまいました。

音楽は少し離れて見たほうが——
それは距離というよりも時間的に離れるということですが、
その全体像がはっきりしてくるようです。
by lequiche (2015-03-24 19:21) 

lequiche

>> desidesi 様

あはは。ミッフィーだとちょっとかわい過ぎるので。
耳の立った年という表現はいいですね。

ブルーナはデ・ステイル (De Stijl) からの影響も受けていますが、
デ・ステイルはモンドリアンとの関わりもあります。
ミッフィーはかわいく見えてその造形のしかたに
1本スジの通っている部分があるように感じます。
ブルーナがミッフィーを描いているビデオを見てわかりました。
by lequiche (2015-03-24 19:42) 

desidesi

じつはブルーナのデザイン大好き!尊敬するデザイナーの一人です。
6色(赤・青・黄・緑・グレー・茶)しか使わないとか。
パソコンで描けそうな絵柄なのに、手描きの震える線にこだわるとか。
カッコいいおじいさんですよ〜♪ (๑◔‿◔๑) 頑張って欲しい。
本当のこと言うと、YMOはあんまり詳しくないんです。(世代だけど)
ヒカシューとかプラスチックスとかP-MODELの方が好きだった。(笑)
近田春夫とかね〜♪ (๑◔‿◔๑)
by desidesi (2015-03-25 10:45) 

lequiche

>> desidesi 様

そうなんですか。
手で描く線というのは機械が描くのと違いますから、
やはりこだわる人はこだわるんだと思います。
チャールズ・シュルツも手書きにこだわりますが、
若い頃の線はフリーハンドなのに全く震えがなくて
シャープな曲線でした。

YMO、私もあまりよく知りません。
CDは一応全部持っていますが数年前に買ったものです。(^^;)
ヒカシュー、プラスチックスあたりは名前は知ってるんですけど、
聴いても区別ができないかもしれないです。スミマセン。
でも立花ハジメと江口寿史のレコード (なのか?) は持ってますよ。
by lequiche (2015-03-25 20:57) 

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