SSブログ

マイルス・デイヴィス《Filles de Kilimanjaro》のヒント [音楽]

Miles&BettyDavis_150729.jpg
Miles and Betty Davis

マイルス・デイヴィスのBootleg Seriesは現在Vol.4まで発売されている。
ごく最近発売されたVol.4の《At Newport 1855−1875》は別として、Vol.1からVol.3までは1967年から1970年のマイルスのブートを時系列的に正式リリースしたかたちとなっている。
Vol.1が《Live in Europe 1967》、Vol.3が《At The Fillmore 1970》で、これについてはすでに簡単に書いた (→2015年02月20日ブログ)(→2015年02月25日ブログ)。だがVol.2の《Live in Europe 1969》に引っかかってしまい、いまだに書けないでいる。

なぜ引っかかっているかというと、このあたりはマイルスの変革期であり、評価も人によってまちまちのような印象があるが、聴けば聴くほどなんだかよくわからないというのが実情のようである。それで、この文章はとりあえずのメモみたいなものであり、結論はない。

まずVol.2《Live in Europe 1969》について。レコーディング・データは1969年07月25日〜26日 (CD1〜CD2) と同年11月05日 (CD3) と11月07日 (DVD) である。このデートは何を意味するかというと、《Bitches Brew》が録音された08月19日〜21日をはさんでいること、つまりBitches Brew前後の録音ということである。

BootlegのVol.1《Live in Europe 1967》は《Nefertiti》で終わるアコースティク・クインテットの最後の燦めきであることはすでに書いたが、そのあとのいわゆるエレクトリック化してからの作品《Miles in The Sky》と《Filles de Kilimanjaro》をどのように聴くのかが、その後へのつながりを解く鍵なのかもしれないように感じる。
そしてこの2作は今まで比較的スポイルされてきたし、電化準備のためのアルバムとしてとらえられてきた。

私は以前からそれが不満で、この2枚はそんなに派手ではなく、完成度が高いかといえばそうでもないのだけれど、非常に美しいアルバムであるという印象がある。もっと端的にいえば、これはトニー・ウィリアムスのテンションが最も高いアルバムであり、同時にチック・コリアの迷いの一端を見せてくれているというのが私の解釈である。
というような印象をずっと持っていたのだけれど、私の悪いクセで、私は有名アルバムに限って持っていないという傾向があって、それはいつでも聴けるしいつでも買えるので持っていないのだが、あまり過去の記憶だけで書くのもさすがに心許ないので、最近この2枚を買って繰り返し聴いていた。

《Filles de Kilimanjaro》はキリマンジャロの娘と呼ばれているが、フィーユはFillesと複数なので、正確には 「キリマンジャロの娘たち」 である。時系列的に見た場合、《Miles in The Sky》《Filles de Kilimanjaro》そして《In a Silent Way》の3枚は、どうしても《Nefertiti》から《Bitches Brew》に至るまでの過渡的作品というふうに語られてしまうようである。ただインザスカイとキリマンジャロの2枚はそれまでのアコースティク寄り、サイレントウェイはビッチェズ・ブリューの前哨的作品という違いはある。
Wikipediaでも言及されているように Miles in The Sky というアルバムタイトルはビートルズのアルバム《Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band》に収録されている〈Lucy in the Sky with Diamonds〉から来ているが、そのためか《Miles in The Sky》のジャケットデザインもやや特異で唐突な印象を感じさせる。

《Miles in The Sky》の録音は1968年02月16日、05月15日と17日で、そのすぐ後、06月19日〜21日に《Filles de Kilimanjaro》の録音が行われる。だがハービー・ハンコックに代わってピアノを弾くチック・コリアのtrack 1と5が録音されたのは09月24日であるが、彼のリーダーアルバム《Now He Sings, Now He Sobs》は1968年03月14日、19日、27日に録音されており、アコースティクピアノの表現力を駆使したその冴えから比較すると、このマイルスの下での彼のプレイはそんなによいものには思えない。

一方で、《Filles de Kilimanjaro》は、とくにそのTrack 4〜5あたりは一種の様式美を狙っているように思える。若林康宏によるジャケットからも、走り回らずに静止した美学が垣間見える。キリマンジャロというのはマイルスの提示したコンセプトであり、その、ともすると軽やかなメロディにまとわりつく惜別のような影は、アコースティクへのフェアウェルのようにも思える。
渡辺貞夫のアルバム《Pastral》(1969) はキリマンジャロの醸し出す雰囲気の影響があるように思う (1970年の《Round Trip》ではチック・コリアを伴って〈パストラル〉を演奏している)。

この2枚におけるトニー・ウィリアムスのドラミングはライヴとは異なった繊細さを伴っていて、特にそのハイハットの美しさにうたれる。彼のタイム感はメカニックなシークェンス・パターンとは異なり、必ずしもジャストではなくて揺れがあるが、それはジャズ・グルーヴとしての心地よい揺れであり、その中でのかっちりとして崩れないハイハットの輝きは比類がない。しかし結果としてマイルスはその後、トニー・ウィリアムスとも訣別する。

《In a Silent Way》は翌年、つまり1969年02月18日の録音であるが、ここがターニングポイントだということはジャケットに大きく引き伸ばされたマイルスの顔が《Nefertiti》では下向きであるけれど、《In a Silent Way》では上向きなことからも暗示されている。

チック・コリアには《Now He Sings…》のあとに《Is》というアルバムがあるが、これは1969年03月11日〜13日の録音で、つまりサイレントウェイより後である。サイレントウェイにはハービー・ハンコック、チッコ・コリア、そしてジョー・ザヴィヌルという3人のキーボーディストがクレジットされていて、その影響がチックに対してどのようにあったのか、ということにも興味があるが、しかし《Is》というのが私にはよくわからないというのも正直なところだ。
チック・コリアの《Circling In》は、1968年03月と1970年08月という離れた2つの録音が収録されているアルバムだが、これはビッチェズ・ブリューを跨いでいる。《Circling In》はアンソニー・ブラクストンとのサークルに発展するが、2人の関係は険悪な状態に終始し、グループは短期間で崩壊する。1971年02月21日の《Paris Concert》はその最後の、緊張感に満ちた記録であるが、ここでのチック・コリアのストレスに満ちた刹那感が私は好きだ (アンソニー・ブラクストンのことは2012年05月26日のブログにすでに書いた)。

《Paris Concert》の冒頭にはアップテンポによるブラクストンの圧倒的な〈Nefertiti〉が収録されているが、〈Nefertiti〉というのはその名前から連想される通り呪術的な意味を持っていて、それはマイルスのアコースティクの終焉であり、その曲をアレンジメントして使ったところにCircleの (ブラクストンの) 当時の指向が見て取れる。
その〈Nefertiti〉が《Live in Europe 1969》の07月26日のセットでも演奏されている。ホーンはマイルスだが、リズムセクションはCircleである。1つの曲を巡る異なったアプローチとその曲が持つ歴史に、曲が本来持っている以上の偶然性と暗合を見てしまうのは深読み過ぎるのかもしれない。


Miles Davis Quintet/Live in Europe 1969
The Bootleg Series vol.2 (Sony Legacy)
Miles Davis Quintet: Live in Europe 1969




Miles Davis/Filles de Kilimanjaro (Sony)
Filles De Kilimanjaro




Miles Davis/Filles de Kilimanjaro
https://www.youtube.com/watch?v=noUs3NfC07o
nice!(78)  コメント(3)  トラックバック(0) 

nice! 78

コメント 3

リュカ

家にマイルス・デイヴィスのCDあるはず!
帰ったら調べてみようかしら。
でも・・・我が家はいま、CDを聴く機器を持っていないという^^;
コンポは粗大ゴミに出しちゃって、そしてもう PC にもCD入れるところが無いのです!
あ!!お風呂で見るポータブルDVDがあった。
それで唯一聴けるか?音はめちゃめちゃ悪そうですよね^^;
by リュカ (2015-07-30 10:32) 

lequiche

>> リュカ様

あ、そうなんですか。
多少音は悪くても、YouTubeでも音楽は聴ける時代ですから、
オーディオ機器ってどうしても疎かになってしまうかもしれないですね。
お風呂でDVDを見るなんていいですね。
でもなかなか出てこられなくなっちゃうかも。(^^;)

お酒を飲むときなど、マイルスをBGMにするのもいいかもしれないです。
by lequiche (2015-07-31 05:12) 

lequiche

>> desidesi 様

マイ・ファニー・ヴァレンタインはスタンダードな
いかにもジャズの香り満載の頃のマイルスという感じですね。
確かにオーソドクスなマイルスはいいけれど、
だんだん変わっていってしまった後はよくわからない
というご意見も多いと思います。

1967〜1970年のブートに記録されているマイルスは、
特に、多分に抽象的です。
この時代の変革が結局マイルスにとってどうだったのか、
というのもいろいろな見方があるんだと思います。
ただ、アコースティク時代最後のライヴなどを観ると、
マイルスの音は剃刀のように研ぎ澄まされていて、
ハービー・ハンコックやロン・カーターなどの
サイドメンはびびりまくっているようにも見えます。(^^)
by lequiche (2015-07-31 05:13) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0