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過ぎてしまう時間について — ブルース・スプリングスティーン [音楽]

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2月15日の朝日新聞に掲載されたブルース・スプリングスティーンのアメリカ・ツアーの記事を読んだ (中井大助記者による1月27日マジソンスクエアガーデンでのコンサート評)。The River Tour と銘打たれたコンサートは現在進行中とのことであるが、《The River》というアルバムが彼の歴史のなかでどういう意味を持っていたのか、あらためて識らされたということができるだろう。

記事のなかのスプリングスティーンの言葉をそのまま引用する。

 アウトサイダーとしてのアルバムを何枚か作り、初めて内側に
 入ろうとしたのが『ザ・リバー』だった。仕事、約束、家族と
 いった、人とその人生を結びつけるものに気づき、そういうこ
 とについて書ければ、自分の人生でも実現できると思った。

 人生のように感じる、楽しさ、踊り、笑い、冗談、友情、愛情、
 セックス、信頼、さびしい夜と涙がすべて入ったレコードを作
 りたかった。

それがアルバム《The River》なのだということだ。
《The River》から《Nebraska》を経て《Born in the U.S.A.》という川の流れを見るならば、彼の音楽的な核が、実はとても内省的なものを秘めていることは容易にわかるに違いない。しかし《Born in the U.S.A.》という曲の歌詞とそのパフォーマンスが、ごく表層的な部分で解釈され、特に日本では誤った理解のされ方をしたということはすでに以前のブログに書いた (→2014年11月24日ブログ)。

スプリングスティーンの描く世界はいつも寂れていて、乾いていて、あるいはみじめに濡れていて、何もかもが満たされていなくて、だがそれでいながら自暴自棄にならず生きていこうとする意思によってその心を訴えかけてくる。
常にこの世界は自分の思うようには動いていかない。そこには強大で高い壁があり、支配するものとされるものとの関係性によって成り立っているに過ぎないということを、彼の歌を聴くよりもずっと前から、そうしたことは自明のことだとして私は感じ取っていた。でもそれが明確に認識できたことのひとつの契機として彼の歌がある。

スプリングスティーンはすでに大御所であるが、決してラグジュアリーにはならないし、高慢とも尊大とも無縁である。歌とは何であるかという原点が彼のいつも立ち戻ってくる場所なのだろうと思う。

今回の The River Tour でスプリングスティーンは、ピッツバーグではデヴィッド・ボウイへのトリビュートとして Rebel Rebel を歌い、シカゴではグレン・フライへのトリビュートとして Take It Easy を歌っている。
人がこの世からいなくなってしまうことは悲しいが、人の心にいつまでもそのいなくなった人の記憶としての歌が存在する限り、忘却はまだ機能しない。逆に考えれば、何もこの世に残すものがなく消えていく無数の人の心は、やがて風のなかの砂塵のようにすべてを無機物に還元し、何物をも残さないのではないかと思う。そうして消えていく人のひとりに私もカウントされるはずだ。

中井大助はスプリングスティーンのコンサートの終わりに語られた言葉について記述している。それは《The River》の外郭をなぞる言葉だ。

 ザ・リバーの伏線の一つは時間だった。過ぎてしまう時間。大
 人の世界に入ってしまうと時計が動き始め、限られた時間しか
 ないと気づく。仕事をするために、家族を育てるために、何か
 いいことをするために。

確かに、子どもの頃は、時はこれから先、無限にあるように思えた。大人になって時間が動き始めるということは、同時に死へのカウントダウンが開始されているということを意味している。スプリングスティーンが言っているのは、その限られた時間をどのように使っていくべきかということに他ならない。

2016年の〈The River〉と1980年に歌われた〈The River〉とを較べてみても、スプリングスティーンのスタンスには揺るぎがない。歌は歌われるべくして歌われ、そして言葉とは最も脆いものでありながら、したたかな強さも持ち合わせている。


Bruce Springsteen/
The River: The Ties That Bind: The River Collection (SMJ)
ザ・リバー~THE TIES THAT BIND: THE RIVER COLLECTION(DVD Version)(完全生産限定盤)(3DVD付)




Bruce Springsteen/Meet Me in the City, Pittsburgh, 2016.01.16.
https://www.youtube.com/watch?v=yuHGg-e6HDY

Bruce Springsteen/The River, Newark, 2016.01.31.
https://www.youtube.com/watch?v=1JYapnBru7E

Bruce Springsteen/The River, Tempe 1980
https://www.youtube.com/watch?v=lc6F47Z6PI4
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ぼんぼちぼちぼち

そう、子供のころって時間は無限にあると漠然と思ってやしたが、年を取るとその貴重さを実感し、いっときいっときを大切に悔いなく過ごしたいと思いやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2016-02-16 15:07) 

DEBDYLAN

『BORN IN THE U.S.A.』時代のビジュアルのイメージに特化してると思われる日本でのブルース観。
寂しいですね。
彼の歌の中にある芯、”絶望の中での楽観”。
そんなテーマからブレないブルースは素晴らしいミュージシャンだし、
そんな歌を届けてもらえる僕らファンは幸せだと思います。

来日してくれないかな~!!

by DEBDYLAN (2016-02-17 00:47) 

lequiche

>> ぼんぼちぼちぼち様

時間は見る場所によって過ぎかたが違いますし、
経過も一定でなくて緩急の差があるんだと思います。
アインシュタインも言っているように。(笑)

ただ貴重だから大切にしたいとも思いますが、
だらだらした時も同様に大切なのかもしれないです。
by lequiche (2016-02-17 03:06) 

lequiche

>> DEBDYLAN 様

シビアなこと言っちゃいますと、
今の日本の音楽状況だと来日はむずかしいですね。
観客動員として無理な気がします。
つまり以前ほど洋楽は聴かれなくなってますし、
日本ってポップス/ロック系音楽に対しては鎖国に近いです。
と言ったら悲観的過ぎるでしょうか。

”絶望の中での楽観” — あ、その通りですね。
絶望だけじゃダメなんです。ホッとするものがないと。
彼の歌に提示されているのがアメリカの実情であり、
それは共感できる内容をいつも含んでいます。

来日懇願の署名運動でもやるっきゃないです。(^^;)
by lequiche (2016-02-17 03:06) 

末尾ルコ(アルベール)

おっしゃる通り、日本の音楽状況は深刻で、それは外国映画や外国文学に対する興味の無さも同様で、さらにその深刻な状況がさほど深刻に捉えられてない点が正しく深刻そのものです。

「魂」という言葉は安易に使うべきではないかもしれませんが、スプリングスティーンのい続ける米国と存在しない日本を比較すればその「魂」の差はおのずと・・・。

あ、「ムード・インディゴ」のお記事も拝読いたしました。ご紹介、ありがとうございます!

                     RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-02-19 23:10) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

そうした状況はやっぱり生活に余裕が無いからですね。
景気が良いナントカミクスなどと政府はやたらに喧伝しましたが、
それがウソであったことがバレバレになってしまいました。
富はますます偏在するようになっています。

生活に余裕がないと、つい手近で安易なものに頼ってしまいがちで、
外に目を向けるには勇気と好奇心が必要なんだと思います。
そうした芽をことごとく摘まれてしまうのが今の時代です。

ボリス・ヴィアンはある意味、誤解された作家です。
それはセルジュ・ゲンズブールの業績に対しても同じで、
ルイ=フェルディナン・セリーヌも誤解という理解のなかにあります。
むしろそうした排斥のなかにシンパシィを感じることがあります。
by lequiche (2016-02-20 12:55) 

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