音楽における言葉、その前に名前の読み方 ― ピーター・バラカン『ロックの英詞を読む ― 世界を変える歌』 [本]
Peter Barakan
この前、巽孝之の本について書いたとき、ひっかかっていたのはアメリカン・パイのことだった (→2016年05月14日ブログ)。巽が書いているのは萩尾望都の漫画作品〈アメリカン・パイ〉(1976) についてなのだが、アメリカン・パイというタイトルは、もちろんドン・マクリーンの歌〈アメリカン・パイ〉(1971) のことであり、その関連性についても言及している。
私にとって〈アメリカン・パイ〉はまず萩尾の作品であったため、その曲の実体を知らず、作品から受ける無音のイメージがすべてであった。実際に初めて〈アメリカン・パイ〉という曲を聴いたとき、自分の想像していた曲と甚だしくズレていて、信じられなかったことを覚えている。
ただ、それだけではなくて、そもそも〈アメリカン・パイ〉という曲は何だかよくわからない歌詞なのであった。それは巽の解説によって随分わかりやすくなったが、つまり原曲の作られたのが1971年、そして萩尾の作品が1976年に描かれたということをあらためて考えなければならない。
ドン・マクリーンの歌詞のなかの 「音楽の死んだ日」 というのは1959年にバディ・ホリーなどのミュージシャンが飛行機事故で亡くなったその日のことを指す。しかし、では1959年という年は、1971年という時点で曲を作ったドン・マクリーンから見てどのように見えていたのかが理解できないと歌詞の意味はわからないし、1959年以後、アメリカは繁栄から没落への歴史を歩み始めたのだといわれてもあまり実感が湧かない。そもそも私はバディ・ホリーがどんな歌手なのかさえ知らなかった。
飛行機事故という言葉から思い出すのは1935年のカルロス・ガルデルの死のことだが、そうした死に対して思うのは、運命というような言葉で語られる神の仕業への不快さばかりだ。ガルデルと幼い頃のアストル・ピアソラのことはすでに書いた (→2014年10月18日ブログ)。
それで歌詞ということについて考えていたとき、書店にピーター・バラカンの新刊が山積みされていたので思わず買ってしまった。『ロックの英詞を読む ― 世界を変える歌』である。
翻訳については柴田元幸の『翻訳教室』などがあるが、読んでいて面白いのだけれど、内容的には散文の翻訳のことだし、こだわっているレヴェルが高過ぎて難しい。それよりピーター・バラカンのほうが歌詞だから、という安直な理由づけである。
この本のなかにミュージシャンの名前のカタカナ表記のことが書いてあって、これが大変参考になる。
「たとえば、語尾の s は、基本的にその前が有声音なら 「ズ」、無声音の場合は 「ス」 になります。これは鉄則です」 とのことだ。
例として
Bill Evans ビル・エヴァンズ (× ビル・エヴァンス)
Boz Scaggs ボズ・スキャッグズ (× ボズ・スキャッグス)
Eagles イーグルズ (× イーグルス)
なのだという。確かにアガサ・クリスティの『なぜエヴァンズにたのまなかったのか?』はエヴァン 「ズ」 である。
でも
MIles Davis マイルズ・デイヴィス (× マイルス・デイヴィス)
と、デイヴィスは例外的に 「ス」、だが MIles は 「マイルズ」 なのだそうだ。
必要のない 「ッ」 を入れない、というのもあって、
Joni Mitchell ジョーニ・ミチェル (× ジョニ・ミッチェル)
Paul McCartney ポール・マカートニー (× ポール・マッカートニー)
「o」 を 「ア」 と発音する場合の例として
Sonny Rollins サニー・ロリンズ (× ソニー・ロリンズ)
Thelonious Monk セローニアス・マンク (× セロニアス・モンク)
不自然、もしくは明らかに間違った表記として
Oasis オエイシス (× オアシス)
Pat Metheny パット・メスィーニ (× パット・メセニー)
などなど。あ、唯一 Pat Metheny は知ってました。
SF作家でも A. E. van Vogt という人がいて、昔からヴァン・ヴォクトと言っている。でも実際にはヴォートであって、wikipediaでは、中間をとったのかヴォークトなどと苦しい表記になっている。Isaac Asimov もアジモフなのだが、昔からのアシモフが定着したままだ。
特に固有名詞は、日本語としてすでに定着してしまっていることが多いから、これは難問である。しかし、歌詞の解釈とかいう以前に問題山積であることがよくわかった。
ピーター・バラカン/ロックの英詞を読む ― 世界を変える歌
(集英社インターナショナル)
良く間違えられるそうですが、
ピーター・バラカン(×ピーター・バカラン)
と言うのもあります(笑)
私も、この本読みたくなりました!
by Speakeasy (2016-06-14 06:44)
バラカンの「ウィークエンド・サンシャイン」、毎週聴いてます。WOWOWのジャズ番組でもよく観ておりまして、バラカン率(笑)高いです。
確かによく固有名詞の話は番組でもしています。いまだに「グレアム」を「グラハム」と読んでいるとか。正確に近い発音が分かって時点で極力あらためるべき、というのがバラカンの考えのようですね。何十年も前からのぶれない活動には頭が下がります。
RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-06-14 07:54)
こんにちは。
外国人の名前の発音、とても参考になりました。日本ではこれまで英語風には発音してこなかったようですね。「オー・マイ・ガッ!」あたりから目覚めたような。(*^^*)
by sig (2016-06-14 17:23)
>> Speakeasy 様
それ、ホントなんですか?(^-^;)
名前の読み方は些末なことで、
歌詞に関しての解説は、とてもわかりやすくて
勉強になります。是非読んでみてください。(^^)
by lequiche (2016-06-15 02:18)
>> 末尾ルコ(アルベール)様
なるほど。バラカン先生の影響力はすごいんですね。
名前の読み方に関しては、そういう持論ということですか。
でも、いままで習慣的に使われてきた言葉とか、
v を 「ヴ」 と表記するのか、それともしないのか、とか
どのへんで線引きにするのかはむずかしいと思います。
たとえばオードリー・ヘップバーンを変えることは
相当むずかしいと思います。ビリー・ジョエルもそうですし。
by lequiche (2016-06-15 02:18)
>> sig 様
いえいえ。単にバラカン先生の受け売りですので。(^^;)
名前が古くから確定している人には
実際の発音と異なる読み方が多いようです。
でも英語に限らず、他の言語でも、
中国語や韓国語は漢字をそのまま読んでいましたし、
フランス語やドイツ語でも、ええっ?
と疑問に感じることは多いです。
私がイングマール・ベルィマンと 「ィ」 を小さく書くのは、
かつての岩波ホールの受け売りです。
by lequiche (2016-06-15 02:19)
sの件は,ズをスにしてしまっている事が多いです。
その上,アメリカ人は色んな出身の人がいるので,それらの英語発音は難しいです。ローマ字読みをするととんでもない読み方になっていることもあります。
最後のvan Vogtはドイツ人名なので元はファン・フォークトでしょうが,その英語読みですね。
by Enrique (2016-06-16 06:46)
>> Enrique 様
日本語でもそうですが固有名詞はむずかしいですね。(^^;)
Vogtはドイツ語読みというのはあるかもしれません。
昔、日本では英語読みよりドイツ語読みのほうが強かったように思えます。
たとえばベッドは、昔はベットとも言いましたが、
これはドイツ語読みだからです。
それと語尾のsを濁らせないのも、日本人は、
たとえばマイルズよりマイルスのほうが言いやすいので、
というのもあるかもしれません。
ただ、ヴァン・ヴォートは基本的にアメリカで活躍した作家なので、
ヴォートがいいと私は思います。
逆にアメリカでは、
バルトークはバートック、シェーンベルクはショーンバーグ
と言いますが、私はバルトーク、シェーンベルクと言うようにしています。
ですからイングマール・ベルィマンとイングリット・バーグマンは
実は同じ姓ですが、それぞれベルィマン、バーグマンでいいと思います。
でもF1には Vettel というドライヴァーがいますが、
ドイツ人ですからフェテルなんですけど、ベッテルのほうが優勢です。
業界的にどうしても英語読みが優勢、という感じです。
バラカン先生は、イレギュラーなのはアメリカ語のほうが多いので、
イギリス語発音のほうが日本人には違和感が少ないかも、
とも言っています。
というわけで、今後、マイルズ・デイヴィスと書くべきか
マイルス・デイヴィスでいいのか悩んでいるところです。(^^;)
by lequiche (2016-06-16 23:44)
今日も難しいんですね。
私はマイルス・デヴィスでいいですよw マルコーニの息子さん確かにピアノ凄いけれど、クラシカルな演奏、でも凄いですよね。
by ponnta1351 (2016-06-17 09:48)
アメリカンパイがヒットした頃の平均演奏時間は3分前後
でしたから、当時としては異様に長く感じたものでした。
今ではそれほど違和感がないですね。
名前の表記・・すべて日本語表記にダマされてました。(唖然)
泉麻人に続いて巽孝之の本も読みたくなりました。
by NO14Ruggerman (2016-06-17 13:13)
>> ponnta1351 様
ぃぇぃぇ、そんなにむずかしくないですよぉ。(^^;)
もう慣習になってるんだから今まで通りでいいじゃん!
というのもひとつの見識だと思います。
レオナルド・マルコーニのアディオス・ノニーノ冒頭のソロは
一瞬、ショパンっぽい部分がありますね。。
佇まいがクラシックのピアニストです。
タンゴは三浦一馬もそうですが、若い人が出て来ていますので、
まだまだ健在ですね。
by lequiche (2016-06-17 18:13)
>> NO14Ruggerman 様
あー、なるほど。当時のポップチューンは短かったですね。
2分に満たないような曲もありますし。
ドン・マクリーンがそういう時代に長い曲を作ったというのは
一種の覚悟があったんだと思います。
昨日も、ブログを見ていたら《ペット・サウンズ》について
書いているかたがいらっしゃいましたが、
ブライアン・ウィルソンのやっていたこともまた
当時は何だかよくわからなかったんじゃないか、と思います。
ビートルズのほうが、まだポップなのでわかりやすいですけれど、
ビーチ・ボーイズは一見、軽い音楽に見られていたので
その真意がわかりにくいです。
今になって、あ、なるほどとわかってきた部分もありますが、
あいかわらず理解しにくい部分は残っていると思います。
たとえば有名な〈グッド・ヴァイブレーションズ〉に
私は死のイメージを感じます。
日本語は欧米語とはかなり言語構造が違いますから、
もともと無理といえば無理なんだと思います。
バラカン先生は、
ビーチ・ボーイズもビーチ・ボイズだと主張されてるんですが、
でもボイズだとボイス (voice) と間違うかもしれませんし、
日本ではもうずっとボーイズですからね〜。
ほどほどに、ということでしょうか。(^^)
by lequiche (2016-06-17 18:13)