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ユトレヒト1984のピアソラ [音楽]

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バンドネオン・シンフォニコ~アストル・ピアソラ・ラスト・コンサート

8月25日にソニー・ミュージック・ジャパンからピアソラのアルバムがアストル・ピアソラ・コレクション・シリーズとして10枚リリースされた。

ピアソラ、ピアソラを弾く
ピアソラか否か?
レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970
五重奏のためのコンチェルト
ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽1
ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽2
シンフォニア・デ・タンゴ
天使の死~オデオン劇場1973
ピアソラ=ゴジェネチェ・ライヴ 1982
バンドネオン・シンフォニコ~アストル・ピアソラ・ラスト・コンサート

である。
ピアソラ生誕100周年として、若い頃から晩年までのアルバムをRCA音源からチョイスした10枚とのことで、なぜこれを? みたいな不満がないでもないが、版権の制約もあるのだろうし、とりあえず日本盤がこれだけまとめて出されたのはそれだけでよしとしよう。コレクション・シリーズという名称になっているので、売れ行きが良ければ次があるということなのかもしれない。

ピアソラがその高名さにもかかわらず日本盤のアルバムが市場にあることが少ないのは、あまりにもアルバム枚数が多過ぎることにも原因がある。どれから出したらいいのかわからない、というのが正直なところだろう。だが最も有名なライヴであるはずの《Live in Wien》さえ現在廃盤であるのを見ると、この国のレコード会社には音楽的一般教養が無いのではないかとさえ思えてしまう。

ピアソラのライヴは、すでにお決まりの曲を繰り返し演奏しているのに過ぎないという陰口があるのかもしれないが、ひとつとして同じ演奏はなく、といってジャズと違ってアルゼンチン・タンゴはアドリブの音楽ではない。でありながら、そうしたテイストも持ち合わせているところがピアソラの特徴でもある。それゆえにスタジオ録音よりもライヴで、彼の演奏曲目は最も輝くように感じられる。
今回の10枚でのライヴというと、まず重要なのは《レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970》である。ブエノスアイレスのレジーナ劇場はいわゆる地元でのライヴであるが、当時のピアソラはまだタンゴ一筋で行くという決心には至らず、試行錯誤していた時期のようでもある。この時期にオラシオ・フェレールと作ったオペレッタ《Maria de Buenos Aires》はfr.wikiを読むと成功しなかったと書かれている。CDで聴くと慄然とするような美しいイントロなのだが、トータルとしての評価が伴わなかったのだろう。
そして《Muerte Del Angel 天使の死~オデオン劇場1973》は同じブエノスアイレスのオデオン劇場ライヴであるが、このアルバムのオリジナルがリリースされたのは1997年であり、彼の死後、milanからFundación Piazzolla名義で出されたアルバムのうちの1枚である。この後も続いてFundaciónでアルバムが出されるのかと思っていたのだが。

ピアソラのライヴで私が最も好きなのは、もう少し後年の演奏である。1984年7月4日、カナダのモンレアル (モントリオール)・ジャズ・フェスティヴァルにおける演奏と、同年10月27日、オランダのユトレヒトにおけるライヴはその白眉である。だが現在、どちらも映像メディアは入手しにくい。

各曲毎の切れ切れではあるが、その全曲をYouTubeで観ることができる。モンレアルとユトレヒトを比較するとユトレヒトはやや硬い感じがするが、この1984年がピアソラの最も優れた時期であったことは疑いがない。映像品質もユトレヒトのライヴが最も鮮明であるように感じる。
(尚、モンレアル・ジャズ・フェスティヴァルのことは以前の記事に書いたのでご参照いただければ幸いである→2015年08月29日ブログ)


mikiki記事:RCAビクター時代の名盤が一挙再発
https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/29439

レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970 (SMJ)
レジーナ劇場のアストル・ピアソラ 1970




アストル・ピアソラ/天使の死〜オデオン劇場1973 (SMJ)
天使の死〜オデオン劇場1973




ASTOR PIAZZOLLA y su Quinteto Tango Nuevo
Live in Utrecht
The iconic concerto in Utrecht, October, 27th, 1984
Recorded for a live audience in the Vredenburg Music Hall,
Utrecht, Netherlands
尚、この映像は各曲毎に分割されているだけでなく、やや編集がされている。
全曲の映像は一番下にリンクしたbilibili.comで観ることができる。

1) Michelangelo ’70
https://www.youtube.com/watch?v=uuy51H55Fns

2) Milonga del Angel
https://www.youtube.com/watch?v=h0ha2ZM0L0g

3) Escualo
https://www.youtube.com/watch?v=gAySBMgXP40

4) Adios Nonino
https://www.youtube.com/watch?v=Ljq4K31puA4

5) Muerte del Angel
https://www.youtube.com/watch?v=wIfVzZWyHok

6) Resurreccion del Angel
https://www.youtube.com/watch?v=IScmTZPFQOs

7) Decarisimo
https://www.youtube.com/watch?v=k9b-Nz8Pi7c

8) Verano Porteno
https://www.youtube.com/watch?v=IaP0P8YDIsQ

9) Fracanapa
https://www.youtube.com/watch?v=9TpKhvTAVDs


full:
https://www.bilibili.com/video/BV12D4y1o7nT/

追記)
ピアソラ・コレクション・シリーズのリストを訂正しました。

誤:ピアソラ=ゴシェネチェ・ライヴ 1982
正:ピアソラ=ゴジェネチェ・ライヴ 1982

です。ソニー・ミュージック・ショップのサイトからそのままコピーしたら、サイトの表記が間違っていました。たぶん、ゴジェネチェ知らないんだろうなぁ、と思います。
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末尾ルコ(アルベール)

ピアソラはこの前のNHKの番組でご本人の映像なども観ることができましたが、カリスマ性を感じました。
lequiche様のお記事やそうした番組のおかげで、ただ漠然とピアソラを聴いていた時期から、ある程度タンゴの歴史を理解した上で聴けるような段階になったかなあと思ってます。あくまで「ある程度」ですが(笑)。
ただピアソラの演奏を聴き比べたことはあまりなかったので、今後じっくり鑑賞してみたいです。
リンクくださっている楽曲でわたしの好きな順に並べますと、

Milonga del Angel
Adios Nonino
Muerte del Angel
Resurreccion del Angel
Michelangelo ’70
Escualo
Verano Porteno
Fracanapa
Decarisimo

といった感じです。
「天使」とつく楽曲が目立ちますが、アルゼンチン、特にブエノスアイレスって、行ったことないので何なのですが(笑)、「天使」がしっくり来ますよね。
世界的に見ても、パリに次ぐくらい「天使」が似合います、わたしの中のイメージでは。

>この国のレコード会社には音楽的一般教養が無いのではないか

多分これ、他の分野もそうした傾向が強まっているのでは。わたしどうしても映画関係の記事などを読むことが多いのですが、さすがに『キネ旬』などはそうではないですが、(これ、ロクに知りもしないで書いてるな)と思しき内容がしょっちゅうです。おそらくそういう低レベルの記事に飛びつくくらいの日本人が圧倒的だから書かせているのでしょうけどね。

>ライヴで、彼の演奏曲目は最も輝くように感じられる。

なるほどです。やはりわたし、これまで聴いてきたのはほとんどスタジオ盤でしたので、今後ライブを聴く愉しみができました。
ユトレヒト…世界の地名の中でもユトレヒトとライデンはわたしの中で「ロマンの薫り高い地名」の上位に入っております。まさに蛇足ですけれど(笑)。



「澁澤龍彦訳」というだけでわたしなどはちょっと神格化してしまってましたから、高遠弘美訳の『O嬢の物語』、興味あります。
澁澤訳は、時にちょっともっさりした感を受けたりしたものですが、古い作品の訳も多いので仕方ないかなとも思ってました。
ところで『O嬢の物語』は作品として優れたものだとお考えですか。ずっと前に読んだっきりなもので、読み返そうかとよく思っているのですが。

エラリー・クイーンと言えば、野呂邦暢のエッセイがとてもおもしろくて、短いものですが創作に関して示唆に富むことも書かれてますし、『Yの悲劇』や『僧正殺人事件』に対しての愛情あふれる文章も素敵です。
この両作品、また読みたくなってきましたよ。
彼がアンケートで「好きなミステリ作品」を答えていますが、国内が鮎川哲也全作品、松本清張「表象詩人」、石沢英太郎「羊歯行」。国外が、Cデクスター『ウッドストック行最終バス』、PDジェイムズ『女には向かない職業』、エド・レイシイ『さらばその歩むところに心せよ』でした。(『野呂邦暢ミステリ集成』より)
ちょっと意外ですが、おもしろい結果ですよね。

ナボコフの『ロリータ』は、わたし若島正訳を持ってます。まだ全部読んでないのですが(笑)。 RUKO

by 末尾ルコ(アルベール) (2021-09-15 04:19) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

丁寧にお聴きいただきありがとうございます。
何々angelというタイトルは〈天使の組曲〉という
組曲の中の曲だからです。全4曲あります。
他に〈ブエノスアイレスの四季〉という組曲もあります。
〈ブエノスアイレスの春〉〈ブエノスアイレスの夏〉……
と。これも全4曲あります。

ピアソラは不遇の時代が長く続いたのですが、
逆に人気が出てからはあまりにも有名になり過ぎて、
アルゼンチンタンゴの中のピアソラでなく、
ピアソラという独立したジャンルのように思えてしまいます。
タンゴは基本的に楽譜がありますので、
クラシックの演奏家がピアソラを手がけることも多いですが、
それは一種のムードミュージック的使われた方になっていて、
さらにはBGMになってしまった口当たりのよいピアソラ楽曲
というものも存在するようです。
こうしたことに対しては、ピアソラが売れているんだからOK!
と簡単に言えないような状況があります。

ただ、ピアソラは当初からユニークな音楽性を持っていました。
たとえばタンゴのスタンダード曲〈ラ・クンパルシータ〉ですが、
普通はこんな感じです。

Juan D’Arienzo/La Cumparsita
https://www.youtube.com/watch?v=GA9aMBgmj5o

でもピアソラの編曲した〈ラ・クンパルシータ〉は
ちょっと違います。

Astor Piazzolla/La Cumparsita
https://www.youtube.com/watch?v=1efDrmt7XzU

伝統的で保守的なタンゴ・ファンからは
あまり歓迎されなかったのではないでしょうか。
やがてピアソラは自作ばかり演奏するようになりますが、
それらの作品も長い間、顰蹙を受け続けたのです。

タンゴという分野はずっとマイナーだったので、
レコード会社も対応できる人は少ないのだろうとは思います。

澁澤龍彦の業績は非常に多彩で深いですから
それについては十分に尊敬すべきことばかりです。
ただ翻訳はどうしてもその時代に左右されますので、
やがて古くなりますし、後のほうが研究成果が反映され
より正確な訳ができるようになるような気がします。
『O嬢の物語』は内容が内容ですからなんとも言えませんが
性的描写などの驚異本位で読むのでなければ、
その時代の作品としてそれなりの価値はあると思います。
同様にサドも、ずっと澁澤訳がスタンダードでしたが
そのうちに新しい訳が出てくるかもしれません。

『野呂邦暢ミステリ集成』という本は未読です。
なかなか面白そうですね。
ヴァン・ダインに関しては以前、記事にしたことがあります。
お時間があるときにでも。

色褪せたチェックメイト — ジョン・ラフリー『別名S・S・ヴァン・ダイン』
https://lequiche.blog.ss-blog.jp/2012-04-03

アイソレイテッド・ポーン — ジョン・ラフリー『別名S・S・ヴァン・ダイン』その2
https://lequiche.blog.ss-blog.jp/2012-04-20

若島訳はどうなのかということはまだ検証していません。
でも、上記と同様に現在の研究成果というものは
当然反映されているような気がします。
by lequiche (2021-09-17 02:55)