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アムランのモーツァルトを聴く [音楽]

Hamelin_150425.jpg
Marc-André Hamelin

ハイペリオンのアムランの3枚のハイドンのソナタに続いてのモーツァルトのソナタ集は、ハイドンのときよりもスリリングで、聴きながらいろいろなことを考えてしまう。

よくみかける批評で、というか、そういうのはごく安直な思いつき程度のレヴェルに過ぎないのかもしれないが、卓越したテクニックを持つ演奏者はそのテクニックだけに頼ってしまいがちであり、音楽的内容が伴わないとする意見である。例えばマウリツィオ・ポリーニはよくそうした批評に晒されてきた。
でも、最初にはっきりさせなければならないのは、テクニックの有無と音楽性の有無は別の問題なのだということだ。テクニックはないけれど魂の叫びがある、みたいな惹句の演奏者もいるようだが、それは単純に 「テクニックはあるけれど内容がない」 を逆にしただけで、テクニックがプアであることをかわすための詭弁に過ぎない。テクニックもあるし内容もある演奏者もいれば、テクニックもないし内容もスカスカな演奏者だっている。それに私はあまり魂の叫びというのは信じない。

マルカンドレ・アムランも、よく超絶技巧とか言われるピアニストで、裏を返せばテクニックだけみたいな言い方もされそうだが、ポリーニほどそれが極端でなかったのは、あまり知られていない近代・現代曲あたりを当初のレパートリーとしていたからであろう。
だが、ハイドンに続いてモーツァルトという王道のレパートリーを弾いた場合に、魂の叫び派の信奉者がどのような批評をするのかちょっと興味がある——というのはウソでそんなのはどうでもいい。

ハイドンに較べてこのモーツァルトがスリリングと書いたのは、ハイドンとモーツァルトという近い関係の2人を、アムランは明らかに弾き分けているのがわかるからである。アムランのハイドンについて 「寂しいモーツァルト」 と私が形容したのは的確かもしれないけれど、わかりやすさを狙ったちょっとした洒落であって、実際はそんなに簡単なことではない (アムランのハイドンについては→ 2012年02月14日ブログを参照)。

ハイドンについては比較的正攻法な弾き方をしていたアムランだが、今回のモーツァルトは少し違う。私のCDの聴き方はともかくまず全部を聴いてしまうことだ。10枚セットだったら最初から順番に全部。すると何かひっかかるところがある。ひっかかった場所とか曲とかを繰り返し聴くことによって、そのアルバム全体が見えてくるような気がする。たまに、ひっかからないような場合もあるが、それは残念でしたというほかない。そうやって聴いていて感じたのは、アムランのモーツァルトは今までの平均的な他のピアニストのモーツァルトと少し違う独特の感触があることだった。違和感とはいえないのだが、私にとっては比較的気持ちのいい〈こういうのもあり〉的な印象があった。

アムランのモーツァルトで一番特徴的なのはルバートといえないほどのかすかなルバートというか、一瞬の息づかいがあって、つまり一種のタメが演奏を支配している。これが甚だしいと、このロマン派のモーツァルトは何だ? みたいな批評が出てくるのだろうが (すでに出ているのかもしれないが)、それは例によって魂の叫び派と同工異曲に過ぎない。
なぜアムランがそうするのは、モーツァルトはハイドンと違うからである。モーツァルトにあるウィットの微妙な気配はハイドンにはない。モーツァルトはその生前から、明るくてきめ細かで、でもときにフッと翳りがあって、それらのすべてに彼だけのスタイルが存在している。それは同年代のハイドンもサリエリも、もっと一般的な当時のリスナーもきっと気がついていたはずだ。でも21世紀になり、モーツァルトが生きていた頃からは遠く離れて、その一番基本的なモーツァルトの特質が薄れているように感じられたから、アムランは彼の信じる 「しるし」 を封入したのである。

聴いていて 「こんな曲だっけ?」 っと感じたのはK330のC-durのソナタである。演奏が第2楽章に入ったとき、陽が翳ったような、などとという表現の程度では収まらない暗い影が過ぎったように思えた。
K330は (300h) と併記され、モーツァルトの母の死とセットで語られるa-mollのソナタ K310 (300d) に近い時期の作品のように思えてしまうので、この曲も母の死伝説の一環なのだろうかと調べてみると、以前はK310もK330も1778年作と言われていたはずだがK330は近年では1783年 (または1784年) 作と特定されている。つまりカッコ付きのK番号も意味が無くなりつつある。そのうちに新しい表示方法に改訂されるのだろうか。

成立年代はともかく、K330はC-durという明るさ100%の調性を持つ作品であり、いままでそうした印象を持たずに通り過ぎてきたはずの曲である。第2楽章はF-durだが、曲想が暗くなる部分はf-mollであって、この部分がアムランの演奏では消え入るくらいに暗鬱である。ちなみに私の基準となっているピリスの第1回目のソナタ全集での演奏と較べてみると、ピリスの場合、Andante cantabileとして明るく始まって8小節あり、この部分は繰り返されるが、その次の12小節の繰り返しがない。さらに21小節目からf-mollに転調して8小節+8小節と続き、それぞれに繰り返し記号があるがこの繰り返しを省略し、その後の4小節でF-durに戻ってしまう。
対してアムランはこのそれぞれの繰り返し記号を忠実に演奏しているので、曲全体のなかで短調に変化している比率が単純に長いのだ。長いだけでなく、短調部分の表情の細やかさとほの暗さがこの曲の真相を表しているように思えてしまうだけの説得力を持っている。ピリスの、短調部分をさっと弾いて長調に戻ってしまうという解釈もそれはそれでありだが、アムランの表情の付け方を知ってしまうとこれがこの曲の核なのだと私には思えてしまう。
f-mollに変わってすぐの左手のppによる16分の連打が、弱ければ弱いほど悲しみの細かな揺れとなって心をうつ。

そもそもこのアムランの2枚組のモーツァルト・セットの1枚目の1曲目は、K576という最後のソナタ第17番 (新/第18番) から始まるのだ。この曲の第2楽章も暗く美しい。K576はモーツァルトが最も生活に困窮している頃、死の2年前の作品にあたる。
そして2枚目の最終曲は幻想曲 d-moll K397 (385g) で、12小節目からのAdagioの暗さは悲嘆というよりむしろ死の影を見せている。この曲の最後10小節は未完であるが、ミュラーの補完したといわれているものでなくアムラン自身が加筆したものを使用していて、しかし何の波乱もなく淡々と終わっているように思える。むしろ淡々とし過ぎているのに意図が隠されているのかもしれない。この後にさらにフーガが続いたのかもしれないという妄想が存在するのもわかる。
アルバム全体のこうしたトラック配列に、モーツァルトに対するアムランの姿勢を感じることは確かだ。


K330_AndanteCantabile_150425.jpg
Mozart: Piano Sonata K330 第2楽章冒頭


Marc-André Hamelin/Mozart: Piano Sonatas (Hyperion)
Mozart: Piano Sonatas




Marc-André Hamelin/Mozart: Piano Sonata K545
https://www.youtube.com/watch?v=9ePxdT2uezk
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コメント 4

リュカ

リンク先の曲は、今日の気分にぴったりの曲です(^^)
by リュカ (2015-04-26 11:00) 

lequiche

>> リュカ様

ありがとうございます。
モーツァルトの爽やかさと明るさに満ちていて、
いつでもこんな気分でいられるといいなぁという曲ですね。
by lequiche (2015-04-27 19:16) 

sig

こんにちは。GWはじまりましたね。
音楽音痴の見当はずれですが、私も絵画や演劇などの分野において、「魂の叫び」的なものはあまり好きじゃないんです。重苦しいのは辛くて苦手です。特にドキュメンタリー映画や舞台芸術で押しつけがましいのはなおさらです。
でも、音楽の場合はちがうんですよね。クラシックなんかは割と好んで受け入れて来たようです。ただ、そういう年頃の時のことですが。今は楽しくて元気の出るものが好きです。単純なんです。リンクの曲はなじみがあって好きです。
by sig (2015-04-30 16:30) 

lequiche

>> sig 様

コメントありがとうございます。
ゴールデンウィークは残念ながらほとんど休みがありません。
世間が休みのときは忙しいものですから。(^^;)

芸術にもいろいろありますし、
暗くて重いのも明るくて軽いのも好き嫌いがあるんだと思います。
押しつけがましいのがお好きなかたもいらっしゃるので、
一概にはなんともいえませんが、
作品やパフォーマンスに自信がないから押しつけてくるんじゃないか
という気はします。
本当の芸術は自ら光輝くもので、それ自体で自立しているはずです。

モーツァルトのソナタは一見簡単そうなんですが、奥が深いです。
最近はゆっくりとした速度の楽章の怖ろしさを知りました。
たったひとりだけ天才をあげるという設問があったなら、
迷わずモーツァルトと答えるしかありません。
by lequiche (2015-05-01 02:09) 

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