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エレニ・カラインドルー《The Weeping Meadow》 [音楽]

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Eleni Karaindrou

カラインドルーを聴きたくなるときがある。
エレニ・カラインドルー (Eleni Karaindrou) は、ギリシャ人の作曲家で、テオ・アンゲロプロスの映画音楽を作っていたことで知られている。だからDVDで映画を観れば一緒に音楽も聴けるからいいじゃない、という考え方もあるのかもしれないが、でもカラインドルーの音楽はそのように形容できる劇伴ではないので、それはECMの最初のアルバム《Music for Films》を聴いたときに気がついていたことであった。「映画を観たので、それを思い出すための音楽」 ではなくて、音楽の印象が先で、それから映画を辿る音楽があったっていいはずだ。カラインドルーの音楽はまさにそんな音楽である。

でも、まず彼女が多くの音楽を作ったアンゲロプロスの映画そのものが一般的には理解されにくい。難解で退屈で暗い、たぶんおおかたの評価はそんなものだ。
アンゲロプロスの作品において、もちろん映画の根幹である脚本や映像は重要であるが、カラインドルーの音楽が占める比率は非常に大きい。音楽は映像に寄り添っているが、それだけで独特の存在感を示す。だから単なるサウンドトラックとしての音楽ではなくて、映画から離れたとしても、独立した音楽作品として成り立っているのがカラインドルーの特徴である。
もっとも私が最初に《Music for Films》を聴いたとき、私のなかでカラインドルーとアンゲロプロスはまだ強固に関連づけされていなかったので、そのせいなのかもしれない。

《旅芸人の記録》にも音楽はあるのだが、音楽の豊穣さはない。それは貧しい旅芸人一座を際立たせるために音楽の領域をわざと限定させた手法ともいえるが、アンゲロプロスの心のなかに、その (映画の) 頃、音楽はなかったのではないかと私は思う。あったのは沈黙と翻弄と諦念であり、そうした言葉は音楽を嫌う。

カラインドルーは1939年に (1941年と表記されている記述もあり) ギリシャ中央部 (当時のルメリ地方) のティヒオという山村に生まれた。風の音や雨が軒を叩く音、流れる水音、雪の静けさなどの自然音が子どもの頃の記憶として残っているのだという (the silence of the snow: 無音の雪の気配こそが音なのだ)。
しかし家族はエレニが8歳のとき、アテネに引っ越し、そこで彼女は静謐な田舎とは正反対の都会を経験する。彼女の家のとなりには野外映画館 (だと思われる。an open cinemaとある) があり、寝室の窓からそれが見えた。それが彼女の映画というシステムとの出会いだったのかもしれない。
1939年から1974年にパリで学ぶが、ジャズやクラシックといった分野に目を配りながらもカラインドルーの心は常にエスニックな音楽にあったという (この経歴部分は musicolog を参照した)。

しかしアンゲロプロスと出会い、以後、その作品の音楽を担当するようになったのが彼女の運命を大きく左右したといってもよい。

《The Weeping Meadow》(エレニの旅) はトリロジーの第1作として2004年 (日本では2005年) に公開された作品である。様式美に過ぎるかもしれない。水 (流れる水も、水面も、雨も)、そして家 (建物) はアンゲロプロスの重要なファクターであり、むしろ背景でありながらアクターであり、そしてそれは現実のそれであると同時に、常にメタファーである。
《旅芸人の記録》や《アレクサンダー大王》の頃にはときとして粗野にも感じられた空間の造形と時の経過が、後期作品になればなるほど洗練され、それが様式的過ぎるという批判もあるかもしれない。

ECMのCD《The Weeping Meadow》のサントラには16曲が収録されているのだが、いろいろに変奏されているように見えて、そのルーツは禁欲的にひとつなのだ。その禁欲さが重くて深い印象を残す。
この映画の主人公の名前がカラインドルーのファースト・ネームと同じエレニであるところもアンゲロプロスとの強い結びつきを感じさせる。

トリロジーは2作目の《The Dust of Time》(エレニの帰郷・2008) を経て、3作目の《The Other Sea》で完結するはずだった。しかし2012年1月、その撮影中にアンゲロプロスはオートバイにはねられて亡くなってしまう。したがってトリロジーは永遠に未完のままとなっている。
(その直後の悲しみ [→2012年02月02日ブログ] は今も変わらない。)

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24 janvier 2013/Dans le cadre des 75 ans de Flagey: ICI より


Eleni Karaindrou/The Weeping Meadow (ECM Records)
Weeping Meadow




Theo Angelopoulos/The Weeping Meadow
https://www.youtube.com/watch?v=hRxc77-Cqxw
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末尾ルコ(アルベール)

かつてはさほどアンゲロプロスにピンと来てなかったのですが、このところすべての作品を観返したいとあらためて思ってます。と言いますのも、少し前に『エレニの帰郷』を観て、けれんみたっぷりの映画的快感にゾクゾクしたからです。かつて『ふたりのベロニカ』で観劇したイレーヌ・ジャコブの姿も嬉しかった。音楽に関しては(素晴らしいなあ~)とは感じていたものの詳しく調べたりはしていなかったので、このお記事を拝読し、(なるほど!)と今、うなずいております。   RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-06-22 07:28) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

けれんみたっぷりですか。(^^)
確かにアンゲロプロスの作風は自然にみえるところが自然じゃない、
という手法が多いです。
長回しも、時間の経過ということからだけ考えれば、
カットをつなぐより自然なはずなのに
実際にはかえって人工的な意図を感じてしまいます。

すみません。《ふたりのベロニカ》というのは知りませんでした。
イレーヌ・ジャコブは映画だけでなく舞台の経験もあるようで、
良いキャスティングがされているように思います。

私にとってカラインドルーは音楽として聴いたのが先で、
アンゲロプロスの映画音楽をやっているというのは
後から知ったのです。
ギリシャという国はずっと政情が不安定ですが、
それでいて古い歴史を持っているという国でもあり、
アンゲロプロスにもカラインドルーにも
そうしたギリシャの血が見えるような気がします。
by lequiche (2016-06-22 15:13) 

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