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『FMステーション』とエアチェックの80年代 — 恩藏茂 [本]

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これはかなりコアな本である。「エアチェックというのはカセットテープなどに番組を録音すること。人気ミュージシャンの新譜やライブなどをFM放送から録音するのが、若い人のあいだでブームになったことがあったのです」 (p.8) とのことだが、その放送の各局の番組情報をこと細かに掲載した雑誌を 「FM雑誌」 と呼び、1970年代から90年代にかけて何誌もが競合したときがあったのだという。
TV番組の情報雑誌というのも存在するが、FM放送の、おそらく音楽主体のソースに限定された録音ブームというのは、今から見ると特殊であり、逆に言えばその時代の音楽の一般常識のようなものの大衆的なレヴェルはかなり高かったのではないか、とさえ思う。

著者はその当時のFM雑誌のひとつ『FM STATION』の編集長であり、その時代を回顧したこの本は2009年に出版された。今回それが文庫化されたのであり、30年以上前のFM放送や出版の歴史ととらえてもよい。
そしてその時期は、バブル景気と重なる部分があるにせよ、今よりもずっとこの国が元気だった頃の回想というふうに読むこともできる。
スクエアな歴史書と異なるこのような大衆文化の歴史は、その時代の風俗を映し出す鏡であり、そのままにしておけばやがて風化し忘れ去られてしまうエピソードである。そうした意味でこの本は20世紀の終わりの貴重な追憶の記録といえよう。

著者はエアチェック・ブームとなる前提としてカセットテープの普及をあげているが、その推進力となったハードウェアがラジカセ、そして1979年に発売されたソニーのウォークマンであるという。
カセットテープはそれまでの音楽メディアであったレコードよりも扱いが簡便であり、そしてラジカセは持ち運べるという機動性を持っていた。さらにウォークマンはラジカセのスピーカー部をヘッドフォンに置き換えることにより、屋外で疑似的リスニングルームを所有できるというコンセプトで売り出されたのだと思う。
ウォークマンは街中で聴覚をシャットダウンするので危険だ、と非難しながら、その1ヵ月後にはウォークマンを買っていたという著者の記述に笑ってしまう。

そしてそれらのカセットテープ再生機を利用するための音源が必要となったのであり、レコードを購入してそれをカセットにコピーするという方法だけでは金銭的にも限界があるので、音源をFM放送に求め、その結果がFMエアチェック・ブームになったのだと考えられる。
だがもしそうだとしても、放送番組表で曲を探し出し録音するという作業はかなり手間をともなうし、ましてFM雑誌に附属しているカセットテープ用のラベルを使って 「マイテープ」 を作る工程を考えると、当時の若者は根性があったというか 「まめ」 だったのだろう。

だがやがてメディアとしてCDが出始め、家庭用としてのヴィデオが売り出される。ヴィデオはVHS/ベータという規格競争を経て、DVDそしてBDへと変わってきたが、カセットテープがCD-Rに変わってエアチェックが続くという現象はなかった。なぜならカセットテープとCD-Rには連続性が無いからである。そしてFM放送自体が、かつての音楽ソースを提供する番組構成から脱却してしまったのである。
20世紀の終焉とともにエアチェック文化も滅び、音楽的教養水準も退化したのである。それは昨今のサブスク潮流により、さらに刹那的に、もっと断片的になり、戻ることはない。

だが、かつてのエアチェック・ブームの頃を私は知ってはいるが、新しく出されたレコードの楽曲をエアチェックするというような発想が無く、エアチェックするというブームもまるで知らなかった。したがってFM雑誌というものを見たことも手にとったこともなく、だからこの本に書かれたことは全く初めての内容で、そうした雑誌があったということはちょっとした驚きであり、とても面白いと思いながら読んだ。
『FM STATION』は隔週刊で最盛期には50万部も売れていたというが、だとするとエアチェックは確かにブームだったのだろう。映画や演劇やコンサート情報を掲載していた『ぴあ』(1972〜2011) は知っているのに、FM雑誌が関心の範疇から全く外れていたのは奇妙なことでもある (だが、ついでに言えばここでとりあげられているFM放送の前哨としてのAMの深夜放送も私は全く知らないので、そういうものがあったらしいという類推で読むしかない)。

たぶん、たとえば新譜レコードがオンエアされたとしても、それは放送に乗せられたことにより劣化した2次音源であり、エアチェックするクォリティではないとする評価が私の中にあったからだと思う。
だからレコード化されていないコンサートのライヴ音源なら録音した覚えがあるが、それも新聞のラジオ欄で時間を確かめていた程度である。それにFMの電波は、家の前の道路を通る車からのノイズを拾ったりするので、音源として完璧なものとは言えないこともあったのだと思う。

でも、ふりかえれば、音質がプアであってもノイズが入っていても、エアチェックされた音はその時代をそのまま記録した、二度と戻ることのない日々の残滓である。不完全とも思えるそれはそうした夾雑物までを含めた自分だけのメモワールとなることに、今さらながら気づいたのだった。


恩藏茂/『FMステーション』とエアチェックの80年代
(河出書房新社)
『FMステーション』とエアチェックの80年代; 僕らの音楽青春記 (河出文庫)




プリンセス プリンセス/Diamonds
https://www.youtube.com/watch?v=IKjRLKQo7O0

かまやつひろし/我が良き友よ
https://www.youtube.com/watch?v=xeR8WWy8QRU
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