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ルースト盤のビヴァリー・ケニーを聴く [音楽]

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文藝春秋の社長が 「文庫本くらい図書館で借りずに自分で買って」 と訴えたというニュースがあった。気持ちは分かるのだけれど、でも1000円以上する文庫本って文庫本とは言えないような気がする。良い本を廉価で、という趣旨で作られた文庫本のはずなのにどうもそうでもないのは、かつて国民車という名の下で生産されたはずなのに今では高級車になってしまったドイツの自動車メーカーに似ている。
昔、文庫本は同じデザインの表紙にグラシンを巻いただけで、きれいなカラー印刷のカヴァーなんか付いていなかった。初心に立ち返るべきなのでは、と思う。地味な表紙だと売れないだろうと思っているのは商業主義に毒された思い上がりなのではないだろうか。質素な装丁のなかに限りない世界がひろがっているのが本なのだ。

それに較べるとCDはとても廉価だ。クラシックの輸入盤など安過ぎて、これで大丈夫? と思ってしまうのだが、国内盤でも、最近だとワーナーから出ているJazz Masters Collection 1200は税別で1200円。実際には1000円強で買えるから国内盤としてはお得な価格帯である。しかもSHM-CDになっている。

伝説の歌手、ビヴァリー・ケニー (Beverly Kenney, 1932-1960) を聴いてみた。
彼女のオフィシャルなアルバムは6枚しかない。ルースト盤が3枚、デッカ盤が3枚である。ルースト盤の1stは《Beverly Kenney Sings for Johnny Smith》(1956)、2ndは《Come Swing with Me》(1956) で、ジョニー・スミス盤はギター・クァルテットによるやわらかで暖かな雰囲気の佳品、もう1枚のカム・スウィングはラルフ・バーンズ (Ralph Burns, 1922-2001) によるオーケストラ作品である。
1stの1曲目は〈飾りのついた四輪馬車 Surrey with the Fringe on Top〉、2ndの7曲目、つまりアナログ盤でいうとB面1曲目は〈イフ・アイ・ワー・ア・ベル If I Were a Bell〉で、このあたりは王道の選曲である。どちらもマイルス・デイヴィスの1956年の4枚のプレスティッジ盤にも収録されているスタンダードだ。

1stの暖かな雰囲気はジョニー・スミス (Johnny Smith, 1922-2013) のギターによるところが大きい。リスナーを驚かすようなすごいテクニックというようなものはないのだが、きれいにヴォーカルをサポートしているギターの音色が心安らぐ表情を持っている。ジョニー・スミスはいわゆるクール・ジャズの系譜につらなる人だが、過去の日本ではエレキギター・ブームの頃のインストゥルメンタル・グループであるザ・ヴェンチャーズの出世作、〈ウォーク・ドント・ラン〉の作曲者として少しは名前が知られているのかもしれない。
〈There Will Never be Another You〉は私の偏愛するバド・パウエルのライヴ《Portrait of Thelonious》(rec.1961) の中での白眉の曲で (ハリー・ウォーレンの作曲)、でもこうしてケニーのさらっとした歌で聴いても心に沁みるので、やはりもともとが名曲なのだと思う (Portrait of Thelonious のことは→2012年02月11日のブログにすでに書いた)。
4曲目の〈アイル・ノウ・マイ・ラヴ I’ll Know My Love〉は、トラディショナル・フォークである〈グリーンスリーヴス〉に歌詞を付け替えた曲なのだが、ノリとしてはジャズではないけれど、素朴な、昔から歌い継がれた曲が強い力を持っていることをあらためて感じさせてくれる。

2ndの《Come Swing with Me》はやや様相が違う。オーケストラといっても少し大きめのジャズ・コンボにハープなどが加わっているだけで、ストリングスはないが、一聴ゴージャスで、でもところどころにやや斬新な、というかややトリッキーなオーケストレーションがされていてとても現代的であり、この時期がアレンジメントの最盛期であることをあらためて思う。
そしてそれをバックに歌うビヴァリー・ケニーは、ややハスキーではあるけれど、すごく個性のある声というわけでもないのに、なにげなく引きつけられる表情があって、そこにはなにかひとつ欠けているものがあるような気がする。欠けているというのは下手という意味ではなくて、突き放すような、少し輝きから外れたなにかが感じられて、それは太陽の輝きではなくて月の青白い光のような、かすかに翳りを帯びたような愁いが垣間見られるのだ。ただそれは私の単なる印象に過ぎないのかもしれないし、彼女の歌手としての短い歴史があらかじめ刷り込まれてしまっているゆえの先入観なのかもしれないのだが。

ビヴァリー・ケニーはもう少し聴いてみないとわからない気がする。それより、ラルフ・バーンズのようなオーケストレーションの気持ちよさは出色であって、この時代の頃の歌手、たとえばドリス・ドリューとかルーシー・アン・ポークといった歌手とその伴奏などから聞こえてくる、今とは異なる当時のジャズ・シーンのいきいきとした情景を想像してみるのである。


Beverly Kenney/Sings for Johnny Smith (ワーナーミュージック・ジャパン)
ビヴァリー・ケニー・シングス・フォー・ジョニー・スミス<SHM-CD>




Beverly Kenney/Come Swing with Me (ワーナーミュージック・ジャパン)
カム・スイング・ウィズ・ミー




Beverly Kenney/Give Me Simple Life
https://www.youtube.com/watch?v=LWUoX2M8riA

Beverly Kenney/There Will Never be Another You
https://www.youtube.com/watch?v=hy4MXo8HMWU
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