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1966年のビートルズ ― サーカス・クローネ・ライヴ [音楽]

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ビートルズの初期の頃の映像をずっと観ていた。ビートルズのデビューは1962年であるが、〈Please Please Me〉が発売されたのが1963年1月11日、そしてその曲をタイトルにした1stアルバム《Please Please Me》の発売が同年3月22日である。ここから1966年の《Revolver》までのアルバムと、それ以降とでは明確に線が引けると思う。あるいは5枚目の1965年8月6日の《Help!》までとそれ以降、つまり《Rubber Soul》《Revolver》までを含めた分類というのも可能である。表面的な区分けとして言うのならば、単なるロックンロールか、それともアーティスティックかの違いである。

もっともキャヴァーンで演奏していた頃のビートルズは、若くてイキはいいけれどまだ未知のバンドに過ぎなかった状態であるように見える。アクション自体も、狭いステージのせいもあるがまだ生硬であり、しなやかさがない。
それが1963年になると俄然、バンドとしての風格が出てくるのはやはり〈Please Please Me〉のヒット以降の自信であり、British Pathé videoの映像を観ても〈She Loves You〉は自作曲であるが、〈Twist and Shout〉のような他人の曲を歌ってもすでにバンドとしてのオリジナリティが出て来ているのがわかる。
〈She Loves You〉は突然始まるような曲の作りとステージングのアクション (特にポール) で、この時期の彼らの極端な上昇速度を如実にあらわしているが、私は個人的にジョンのリッケンバッカーを持ったたたずまいが好きで、それがいつエピフォンに変わったのかというのを追い続けて見てみたという動機もある。もちろんリッケンよりエピフォンのほうが楽器のクラスとしては上で、だからエピフォンに変えたのだろうが、リッケンの持つ不良性のような雰囲気とこの時期のジョンがシンクロしていて、彼に最も似合うのがリッケンバッカーのような気がするからだ。

そしてその後、1964年のエド・サリヴァン・ショーへの出演があり、ここでも2月の2回の出演と9月の出演とでは演奏曲目が異なるだけでなく、音楽的な成長があきらかに感じ取れる。エド・サリヴァンはジョンが嫌いだったというのもよくわかる場面があるし、しかしそれでも最後にエドが 「君たちは才能があるね」 と言ったのは皮肉なのかそれともこいつらにはかなわないな、と思ったのか、そのへんの微妙さもよくわかって面白い。同じエド・サリヴァン・ショーに出演したローリング・ストーンズが 「良い子」 であったのとは対照的なところにビートルズの原点を見る。

The NME Poll Winners’ All Star Concert は1964年4月26日に行われたコンサートであるが、他の出演者の演奏を観るとこの時代の音楽はこのようなものだったということがよくわかる。ビートルズの直前に演奏しているのはピーターとゴードンで、そんなに悪くないと思う。ただ、ビートルズのパワーに優る歌手やグループは存在しない。

それから2年後の1966年、ビートルズの成長は著しいが、私の好きな彼らのライヴのひとつとしてミュンヘンのサーカス・クローネにおけるライヴがあげられる。6月24日のライヴで、ステージはものものしい警備の状態になっているが、そんなことに頓着する彼らではない。チューニングの後、始まる〈Rock’n’roll Music〉のカッコよさがロックであり、だがすでに〈Yesterday〉を経て〈Nowhere Man〉に達するアーティスティックな様相も見せ始めていた時期なのである。〈Nowhere Man〉の冒頭のコーラスは痺れるし、こんなことを言ったらバカだと思われるかもしれないが、そもそもビートルズって最初から歌も楽器もすごく上手いのである。

ミュンヘンでのコンサートの翌日はエッセン、そしてその次の日はハンブルグでコンサートがあったが、今観ることのできる映像は非常に劣悪なものしかなく、そういう意味でもこのミュンヘンのライヴは貴重である。そしてこのドイツでのコンサートの後、6月30日から7月2日まで日本武道館でのコンサートがあったのである。
武道館でのコンサート映像は以前観たことがあるのかもしれないが、ほとんど忘れていて、すごくローカルな印象を改めて感じてしまった。E・H・エリックのMCはほとんど学芸会のようで、この当時はこんなものだったのかもしれないが今だったら噴飯ものである。ビートルズも衣裳がちょっとよそ行きな感じで、日本という市場をよく考えていたのか、それとも日本側でそのように依頼したのかはわからないが、その音楽もやや抑えた印象がある。ミュンヘンのワルな感じに較べればずっとおとなしい。だが、コンサートは思っていたより悪くない。
ビートルズはサージェント以降の優れたアルバムがあるけれど、でもロックということでいうのならば、この時期の66年までのコンサートに最も美学を感じるのだ。スタジオワークによる閉じた環境の音楽より、私はステージでの一期一会を選ぶ。ジョン・レノンの黒いリッケン。それが私にとってのビートルズの美学のひとつである。


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キャヴァーン時代を含む1962~64年のドキュメント
https://www.youtube.com/watch?v=OWHN-Tg27i4

1962年 Liverpool
https://www.youtube.com/watch?v=fYvfLGYDpRQ

1963年 British Pathé video
 She Loves You, Twist and Shout
https://www.youtube.com/watch?v=INNHd1wGPJo

She Loves You (remastered)
https://www.youtube.com/watch?v=S302kF8MJ-I

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エド・サリヴァン・ショー1 1964.02.09.
 All My Loving
 Till There Was You
 She Loves You
 I Saw Her Standing There
 I Want to Hold Your Hand
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9046641

エド・サリヴァン・ショー2 1964.02.16.
 She Loves You
 This Boy
 All My Loving
 I Saw Her Standing There
 From Me to You
 I Want to Hold Your Hand
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9132022

エド・サリヴァン・ショー3 1964.09.12.
 I Feel Fine
 I’m Down
 Act Naturally
 Ticket to Ride
 Yesterday
 Help!
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9752337

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The Beatles Live at The NME Poll Winners’ All Star Concert
(Sunday 26th April 1964)
 00:36 The Beatles
 00:47 She Loves You
 03:02 You Can’t Do That
 05:57 Twist And Shout
 08:55 Long Tall Sally
 11:20 Can’t Buy Me Love
https://www.youtube.com/watch?v=v6y4A8U7Hmo

Beatles以外の演奏を含む
28’33”あたりからBeatles (上記動画と同じ)
https://www.youtube.com/watch?v=-_Ku1Q7pplg

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The Beatles Live at Circus Krone 1966.06.24.
 Rock’n’roll Music
 Baby’s In Black
 I Feel Fine
 Yesterday
 Nowhere Man
 I’m Down
https://www.youtube.com/watch?v=bunl7xsculE

The Beatles Live at The Essen Grugahalle 1966.06.25.
https://www.youtube.com/watch?v=EnhniEVPTL0

The Beatles at Ernst Merck Halle, Hamburg 1966.06.26.
 Rock And Roll Music
 She’s A Woman
 If I Needed Someone
 Day Tripper
 I Feel Fine
 I Wanna Be Your Man
 Nowhere Man
 Paperback Writer
 I’m Down
https://www.youtube.com/watch?v=bk7eIPYOC6U

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日本武道館 1966.06.30~07.02
https://www.dailymotion.com/video/x4ue9ye
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ディック・カヴェット・ショーのジャニス・ジョプリン [音楽]

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日曜日の夕方、今にも雨の降りそうな雲の空が次第に暮れて、この頃は日が短くなったなあと思いながら車の中でFMを聴いていたらストーンズの〈Paint It, Black〉が流れて来て、でも久しぶりに聴いてみると細かいところを全然忘れているから、ええっ? こんな音が入っていたんだっけ、とまで思ってしまう。シタールがあんなに活躍していたなんていう記憶は全然無いし、最後のほうのリズムがボレロみたいになるところも新しい発見だった。発見というよりは忘れているだけで、5年経ったらまた同じこと書いてそうな気もするが。

家に帰ってきてからあらためて聴いてみると、いままでのストーンズの印象が少し変わってしまったような、なぜなら、意外にと言ったら失礼なんだけど、細かいところがよくできていて、だからヒットしたんだろうと思うんだけれど、でもやっぱり変わってないかな。
それでYouTubeを探すと、ビートルズと同じようにストーンズもエド・サリヴァン・ショーに出ていて、若い頃のミック・ジャガーの動きは、最近のテイラー・スウィフトとのデュオなんかよりずっと軽快だし (あたりまえだけど)、あぁこうして人間は年齢を重ねていくんだということをしみじみと理解するのです。ミックのテイラー・スウィフトに対する扱いはジェフ・ベックのタル・ウィルケンフェルドへの眼差しと似ていて、でもそんな好々爺みたいなのにはなって欲しくない。それでストーンズの場合、今回発見したのですがエド・サリヴァン・ショーよりマイク・ダグラス・ショーのほうが、最初の頃のブルースへのこだわりみたいなのが見えてくるので好きです。

で、こうした音楽番組というのは当時のアメリカではとても多かったのだろうが、その中でディック・カヴェット・ショーにおけるジャニス・ジョプリンを探してみた。
ショーへの出演は、1969年7月18日、1970年6月25日、1970年8月である。1969年と1970年ではジャニスに明らかな変化がある。それは1年経って歌への自信が深まったというプラスの部分と、やがてやって来る死の予兆のような、マイナスの暗い表情があるように思う。それは結果論に過ぎないのかもしれないが、彼女は歌うことによってそれまでの鬱屈した自分を解放したのだけれど、むしろそれによってさらなる別の種類の苦悩を背負い込んでしまったようだ。だが歌はいつの場合も素晴らしい。
この8月のディック・カヴェット・ショーがLast interview of Janisであると説明文にある。公開の場での歌唱としても最後だと思われる。

6月と8月のカヴェット・ショーの間には、6月29日から7月3日に多数のミュージシャンたちと特急列車を借り切ってカナダ・ツアーをした。それが《フェスティバル・エクスプレス》という映画となって残されている。そしてその後、アルバム《Pearl》を製作中の1970年10月4日に彼女は突然亡くなる。享年27歳。おそらくオーバードースであった。

こうして偶然に探してみたりすると、ジャニス・ジョプリンの場合でも私はほとんど何も知らないに等しいことを痛感する。まず基本的な音源を聴いていないのだ。ジャニスとジミ・ヘンドリックスは音楽活動の時期が極端に短く、オフィシャルなアルバムは数枚しかないが、その残した音のアーカイヴの渉猟はかえって大変な気がする。

ジャニスの生涯を描いた《Janis: Little Girl Blue》(2015) というドキュメンタリー映画があるのだそうだが未見である。タイトルの〈Little Girl Blue〉をジャニスはもちろん歌っているが、その〈Little Girl Blue〉って、私の記憶の第一順位は同名アルバムのジョニ・ジェイムスだ (1955)。だがリチャード・ロジャース作のスタンダードなので (1935年作)、多数の歌手がカヴァーしていてもおかしくはない。たとえばニーナ・シモンもそういうなかのひとりだ (1958)。
だがジャニスの〈Little Girl Blue〉は〈Summertime〉の歌唱と同じで、聴いた途端に彼女だとわかる独自の解釈をしている。全てがジャニスのための歌というふうに考えてしまってもおかしくない。

GLIM SPANKYはジャニスの〈Move Over〉をカヴァーしているが、ジャニスのコピーではなく松尾レミ自身の歌い方であることに好感が持てる。松尾レミは今年27歳。もうすぐ28歳になるから、とりあえず年齢ではジャニス・ジョプリンを追い越せる。


Janis Joplin/Pearl
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〈THE DICK CAVETT SHOW. July 18, 1969.〉

Janis Joplin/To Love Somebody
https://www.youtube.com/watch?v=yX-OkV_2z8A

Janis Joplin/Try (just a little bit harder)
https://www.youtube.com/watch?v=7gsqBEPSrd0


〈THE DICK CAVETT SHOW. June 25, 1970.〉

MOVE OVER by Janis Joplin
https://www.youtube.com/watch?v=YYWdiG1Bf0c

Janis Joplin - Get it while you can
https://www.youtube.com/watch?v=ju9yFA1S7K8


〈THE DICK CAVETT SHOW. August, 1970.〉

Janis Joplin on The Dick Cavett Show 1970
https://www.youtube.com/watch?v=xGYcWmwvZxQ


GLIM SPANKY/MOVE OVER
https://www.youtube.com/watch?v=KStAxfknmOM

Rolling Stones Mike Dougles Show 1964
https://www.youtube.com/watch?v=W-ycN9EOi8o
演奏曲:
Carol (Chuck Berry)
Tell Me (Mick Jagger/Keith Richard)
Not Fade Away (Buddy Holly)
I Just Want to Make Love to You 恋をしようよ (Willie Dixon)

カヴァー曲の元:
Chuck Berry/Carol
https://www.youtube.com/watch?v=JdFwoDzpAvQ
Buddy Holly/Not Fade Away
https://www.youtube.com/watch?v=AyTtFNGzFsE
Willie Dixon/I Just Want to Make Love to You
https://www.youtube.com/watch?v=oHVkxFOMx2Y

全て最初のスタジオ・アルバム《The Rolling Stones》(1964) に収録。
但し当時はイギリス盤とアメリカ盤があり、収録曲が少し異なる。
〈Not Fade Away〉はアメリカ盤にのみ収録されている。
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サントリーホールのチョン・キョンファ [音楽]

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昨日は台風のため、交通機関はほとんど止まってしまったが、今朝は点検後すぐに復帰するという話だった。しかし現実にはJRは正午頃まで動かなかった。そんな中、サントリーホールのチョン・キョンファに行く。台風のため、開演時間が1時間遅れに変更されていた。

コンサートの演奏曲はブラームスのソナタ第1番《雨の歌》、第2番、第3番である。つまり全曲演奏なのであるが、あれもこれもの名曲アルバムでなくブラームスのソナタ3曲という潔さに惹かれた。でも逆に、チャレンジャーだなぁという心配もよぎる。
着いてみるとサントリーホールの周辺の飲食店も今日は閉店しているところが多く、なんとなく閑散としている。そんな日なのに、通り道のテーブルでお弁当を食べていた家族連れ (しかも複数) はなぜこんなところにいるのだろうかという疑問がよぎる。
ホールに入ってみると、客席も半分とはいわないが6分くらいの入りで、それが台風の翌日の混乱で来られない人がいたためなのか、それともそんなに切符がはけなかったのかは不明である。やはりブラームスばかり3曲だとちょっと地味なのでは、という危惧なのだ (しつこい)。

定刻、といっても1時間遅れだが照明が暗くなりチョン・キョンファがステージに登場。パープルのドレスに銀のシューズ。ピアニストはケヴィン・ケナーである。ケナーの楽譜はタブレットで、でも譜めくりの女性 (めくらないが) がいるということは手動なのだろうか。膝に操作ボックスのようなものを置いている。チョンも譜面台を立てているが、こちらはもちろん伝統的な紙製の譜面を自分でめくるシステムである。
チョンは髪をかなりショートにしていて、髪の長かった若い頃の雰囲気とはかなり違うが、その存在感はただものではない。むしろ典型的な 「ただものではない」 感がして、おおお、と思ってしまう。

ここでブラームスへの興味について書いておきたい。ブラームスはロマン派の作曲家でベートーヴェンの後継で、というような歴史認識が一般的であり、その作品は伝統的な古典的手法を多少ロマン派的に変えていったというような中庸を目指した人のような解釈があるが、そういうものを打ち砕いたのが野本由紀夫のブラームスの交響曲に対する解説であり、そのことはすでに以前のブログに書いた。
野本の解釈は、ブラームスの曲は一聴、耳当たりがよく、心を和ましてくれて、伝統的な音楽の継承というような穏やかな作品というふうに見えながら、実は結構アヴァンギャルドで、でもそれが表面に出て来ないのでわからない、ないしはわかりにくいということなのである (というふうに私は読んだ)。それまで私は、ブラームスの音楽は何かこみ入っているようなウワーンとしたところがあって (私はそれを勝手に 「喧噪点」 と呼んでいる)、それが今ひとつわからないという印象だったのだが、野本の指摘にしたがってそれを聴くといちいち納得できるし、胸のつかえがとれたのである。
そういう視点でこのヴァイオリン・ソナタを聴くと、あちこちにあるちょっと変なところが、それについて解析するのは私には無理だけれど納得できるのである。そう考えると、変だと思っていた音が変で無くなるのだ。ただ、それを変なところと認識するか、それともそのように感じないで通り過ぎてしまうのかは人それぞれであり、全然変だと思わない人だっているだろうから、これはあくまで私の個人的な認識である。

さて、ヴァイオリン・ソナタは第1番 (op.78) が1879年、第2番 (op.100) が1886年、第3番 (op.108) が1886~1888年に作曲されたことになっていて、作品番号からもわかるように第1番のみがやや離れている。第2番と第3番は晩年というほどでもないが、かなり後期の作品である。第1番以前にa-mollのソナタを書いたといわれているが破棄されて現存していない。
ブラームス3曲を続けて弾くのがチャレンジャーだといったのは、常識的にブラームスの曲と認識して聴くと、そんなに面白い曲ではないのではないかという印象があるからだ。派手な技巧的な部分があるわけでもなく、官能的でもないし俗悪でもない。でもそれをあえて番号順に並べたのはチョンの意志があったからに他ならない。それはこれらの曲の並びが、一種のミクロコスモス的な人生のアナロジーのように感じられるからだと私は思うのである。

第1番は《雨の歌》というタイトルが付いているが、これはブラームス自身の歌曲からの引用があるからであり、全体が柔らかな雰囲気に包まれているが、そんなに名曲というほどではなく佳曲という印象である。だが第3楽章に〈雨の歌〉の引用があり、調性も短調になって、この楽章のみ少し毛色が違うように思う。
ただ、これは単に私の感じたことであって勘違いに過ぎないのかもしれないが、弾き出しの頃、チョンの楽器が鳴っていないような気がした。演奏そのものでなく、あくまで楽器に対する印象である。こういうと大げさだが、「これってヴィオラ?」 と思ってしまったくらいである。ところが第3楽章あたりから鋭い音と、客席にまで伝わってくる明瞭さに音質が変わってきたような、あるいは楽器が目覚めたような気がした。
第2番は曲想も明るく、チョンの弾く音もいかにも彼女の音のように聞こえてきて、といっても往年のチョン・キョンファ節というほどではないのだが、でもその音が独特だということが実感できる。あえていえば彼女が、やはり若い頃より丸くなってしまっている印象は否めない。それは悪いことではなくて、若い頃には若いなりの、年齢を重ねてからは重ねたなりの表現が存在するのである。

休憩20分をはさんで後半は第3番。結論から言ってしまえば、私が注目したいのはこの第3番であって、それはチョンの思いも同じなのだというふうに考える。第3番は4楽章あり、やや長い曲であるが、第2楽章を弾き終わったところで、ちょっとしたギミックがあった。チョンが客席に向かって、手を下から上に何度も上げたので、客席からは笑い声が起きた。つまり 「ちょっと辛気くさい曲だからといって寝ないでね」 というような意味だったのだろうか。私にはそのように感じられた。そしてピアニストの椅子 (やや横に長くなっている椅子) の端っこに、ちょこんと腰掛けたのである。これで客席の緊張感と 「ちょっと眠いよね」 感がとれたのではないかと思う。
その後の第3楽章と、連続して弾かれた第4楽章はこの日の頂点であった。つまりなぜブラームスか、ということについてである。彼女は身体を自在に動かし、時にピアニストのほうに身体を向けてその演奏を鼓舞し、すべてを支配していた。
私にとってこの第3番はスリリングであった。この曲には野本由紀夫が指摘していたようなブラームスの 「仕掛け」 が多く存在していて、「えっ? そこでそう行く?」 というような意外性があるのである。そしてそれは決して恣意的な書法ではなく、周到に考え抜かれたブラームスの得意技なのである。ブラームスに関してあえて難点をあげれば、それはこの隠された周到さに対する 「いやらしさ」 と言ってしまってもいいかもしれない。それほどにブラームスの書法は天才的なのだ。そしてそのブラームスの特質をわかったうえで弾いているチョンがすぐれているのは当然なのである (下にリンクした1980年のチョンは、かつてのチョン・キョンファ節全開で、でもブラームスに対する理解はすごいと感じさせる)。

アンコールはシューベルトのソナチネ D384の第2楽章と第3楽章。あえて易しい曲を選んで、お口直しをとしたのがチョンの老練なところなのかもしれない。あ、老練などといってはいけない。まだ十分にお若いです。
クラシックコンサート恒例のサイン会は、「CDを購入した人だけ」 などと言っているので帰って来た。やたらにサインを欲しがるのは演奏者にとって負担なのでは、ということもあるし、そもそもそこで販売されていたCDは全部持っているので買うものが無かったのです、HMVさん!

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Brahms/Violin Sonata No.3 第4楽章冒頭


チョン・キョンファ/Bach: Sonatas & Partitas
(ワーナーミュージック・ジャパン)
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲)




Kyung-Wha Chung/Brahms: Violin Sonata No.3
live 1980 with Pascal Roge.
https://www.youtube.com/watch?v=_ZjMCUHkXuQ
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若き上原ひろみのシューマン [音楽]

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Concord RecordsからYouTubeにupされている上原ひろみ《Spectrum》のトレイラーがカッコイイ。左手の強いヒットから始まるタイトル曲は、そのリズムとメロディの連なりで、一瞬にして上原の音であることを明らかにする。Concordからは〈Spectrum〉の通しの演奏も同様にupされている。6分弱だが非常に濃密にいろいろな要素の詰まっている構造をしている。延々と畳みかける搏動のようなリズム、強い同音の連打やユニゾンによる超速のテーマ。演奏はジョージ・ルーカスのスカイウォーカー・スタジオで録られたとのこと。

YouTubeにはその上原の15歳の時のシューマンもあって、これがなかなか面白い。ピアノが2台並んでいて上原は生徒であり、飛翔 (Aufschwung) を弾いている。1994年の演奏であることが解説文からわかる。隣に怖そうなおばさんがいて、この人が講師なのだが、上原が一通り弾いて、このくらい弾ければ問題ないのではと思ってしまうのだが、講師があれこれとダメを出しながら、同じ個所を演奏するとすごく上手い (あたりまえだけれど)。
講師はヴェラ・ヴァシリエヴナ・ゴルノスタエヴァ (Vera Vasilevna Gornostayeva, 1929-2015) というロシア人のピアノ講師だが、ゲンリヒ・ネイガウス (Heinrich Gustavovich Neuhaus(z), 1888-1964) の弟子だとのこと。ネイガウスはギレリスやリヒテルの先生だった人である。
つまりロシアという国はこのくらいのレヴェルのピアニストが山ほどいる (いた) わけで、でもこれだけレヴェルの高いピアノ・レッスンの様子はかつてのルイサダのピアノ・レッスンを彷彿とさせる内容で、こうした経験も上原の今を形成する元になっているのだろうと思う。

ゴルノスタエヴァの指摘の中で印象的なのが左手の用法で、彼女が弾くと左手のヒットがとても効果的に響く。そしてゴルノスタエヴァはロマン派の音楽とはどういうことなのかというところから、上原に説いてゆく。もっと大胆に弾いてよい。はりさけそうに爆発するように弾くのだという。
そして左手。もっと思い切ってバスを出して。バスが浅いと、音の深さが足りなくなる、という。といいながら上声部の音が貧困ともいう。リズムに関しては 「あなたは [リズムに関して] もっと遅らせる権利を持っている」 と通訳がいう。この言い方は直訳だが、かえって意味がよくわかってすぐれている。

ゴルノスタエヴァはシューマンの2つの性格、フロレスタンとオイゼビウスについて言及する。そして2つのイメージがあるのだから、曲想が変わったら新しいイメージを作らなければならない。これは神秘的で謎めいたもの [個所] であるという。そうした場合、左手があまりに明瞭過ぎるという。つまり必ずしもいつも明瞭に弾くのではないということなのだが、これはかなりむずかしい解釈だ。今の上原ひろみ、つまり〈Spectrum〉のYouTubeを観ていても、このゴルノスタエヴァのレッスンを観た後では、どうしても上原の左手が気になってしまう。上原の左手はいつの場合も明瞭であり、強い打鍵が特徴だ。

YouTubeをそのままにしていたら、ユジャ・ワンのルツェルン2018年ライヴのアンコール、プロコフィエフの〈トッカータ〉が映し出された。このプロコフィエフも同音の連打から始まる。なんとなくさっき聴いた上原の〈Spectrum〉に連想がいってしまう。上原ひろみとユジャ・ワンの共演を望むみたいなことがどこかのレビューに書いてあったが、刺激的なイヴェント性を望むだけなのならばそういうのもありかもしれない。
私はamazonのカスタマーレビューの類いはほとんど読まないのだが、今回、少し読んでみたら 「これはジャズではない」 と書いている人がいて、なるほどと思った。テイストとしてのジャズは極小である。だがキース・ジャレットのソロピアノも最初は同様に言われたのである。保守とは常に否定から始まるものなのだ。


上原ひろみ/Spectrum (Universal Music)
Spectrum (初回限定盤)(2SHM-CD)




Hiromi/Spectrum (Album Trailer)
https://www.youtube.com/watch?v=-MLFP2UBlaA

Hiromi/Spectrum (Live)
https://www.youtube.com/watch?v=A8RCz_RoefM

Hiromi Uehara piano lesson for “Aufschwung” by Schumann
Vera Gornostayeva, 1994
https://www.youtube.com/watch?v=VasIAt__fIc
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