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1975年のマイルス [音楽]

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Hi Hat という各国の放送録音をCDにしているレーベルがある。パッケージ裏面には Historic Radio Broadcasts と表示されていて、HMVのサイトによればUK製とのことだが、会社名、住所などは何も書かれていなくてちょっとあやしい雰囲気がする。
それにパーソネルも箇条書きにされていなくて、中のパンフレットの文中に書いてあるという不親切な形態なのだが、音的には遜色ない。ライン録りしてFM放送などに使われた音源をCD化している。かなりの枚数がリリースされているが、そのなかからマイルスをチョイスしてみた。

マイルス・デイヴィスの《Live in Tokyo 1975》は2枚組で録音日は1975年1月22日、収録場所は新宿厚生年金会館大ホールである。
この時期のマイルスといえば《Agharta》《Pangaea》というオフィシャルのライヴ・アルバムがあるが、俗にアガパンと呼ばれるこの2セットの録音は1975年2月1日、大阪フェスティバルホールであり、つまりこのHi Hat盤はアガパンの10日前のライヴということになる。日本ツアー初日とのことだ。したがってパーソネルはアガパンと同じである。
音源は、未確認だが、たぶんFM東京 (現・TOKYO FM) のサンスイ4chゴールデン・ステージという番組で1975年の2月2日と2月9日の2回に分けてオンエアされたものであると思われる。2月1日の大阪は土曜日なので《Agharta》が昼、《Pangaea》が夜の2セットだったが、1月22日は水曜日なので夜のみ1セットと考えられる。

《Agharta》《Pangaea》は、日本でのライヴということも加味されて非常に人気の高いアルバムであるが、実はあまり好きではなかった。マイルスがバンド・サウンドをエレクトリック化して、試行錯誤しながらもやがて一定のパターンを獲得するに至り、それなりの評価を得たのだが、新しいものというのはすぐに古くなるもので、この頃にはすでにステロタイプ化したパターンの繰り返しという感じもする。
この日本ツアーの後、マイルスのアルバム・リリースにはしばらく空白期間が生じるが、それは健康をそこねたという理由だけではないような気がする。
エレクトリック化を《Miles in the Sky》(1968) からと考えればそれから7年であり、逆にいえばこの日本ツアーは、ビッチェズ・ブリュー、フィルモアと続いてきたエレクトリック・マイルスの爛熟しきった音ととらえることもできる。

disk 1の1曲目の〈Prelude & Funk〉はその名の通り、ファンキーなリズムの上にトランペット、サックスが乗るという構造の曲で、まず強烈なオルガンの和音1発みたいなのが常套であり、マイルスのソロはロングトーンがほとんど無く間歇的であり、典型的なライヴ・パターンの音である。
ソニー・フォーチュンのサックスはやや過多なリヴァーブがかけられていて、それが時代を象徴しているとも言える。
切れ目無く2曲目の〈Maiysha〉に続くが、リズムはまずボサノバであり、3’32”あたりからファンクなリズムが湧き起こる。そして再びボサノバになり、マイルスのソロはワウを加えて、やがてどんどんピアニシモになり、クレシェンドしてまた強いビートとなり、という繰り返し。フォルテとピアノの使い分けが巧みでスリリングだ。
2曲目の終わりに拍手があるのだが、続く3曲目の〈Ife〉は終わりかたが唐突であり拍手等もないので、途中でカットされているような感じである。

私はピート・コージー、レジー・ルーカスという2人のギタリストの音が嫌いで、つまりフリーキーなギターとマイルスのオルガンの音の重なりかたに暴力的なものを感じて受け入れなかったのかもしれなくて、それでこの時期のマイルスをあまり聴こうとしなかったのだが、あらためて聴いてみるとギターは意外に細かいところまできちんと弾いているし、そんなに嫌悪するような要素は何もない。マイルスのオルガンは雑に弾いているように見せてそうではない。

disc 2は切れ目なく曲が続く。短めの〈Mtume〉に続いて〈Turnaround Phrase〉となり、細かなリズムを刻むドラムをバックに、ワウとディストーション気味なギターのしつこいリフレイン、さらにそれに重なるマイルスという錯綜感が、過去の私は好きではなかったらしいということを思い出しながら聴いていた。「あぁ、こういうのが嫌いだったんだよなぁ」。今聴くとテンションがあって素晴らしい。細かく出入りのあるパーカッションも効果的だ。

3曲目の〈Tune In 5〉では冒頭でフォーチュンがひとりだけのソロになる個所があるが、ややミステリアスな装いで、そこから各楽器が加わっていくのだけれど、このパターンの呪術的ともいえる繰り返しが快感に変わっていくのがわかる。やがてソロはマイルスに変わるが、ブレイクすると特有なベースパターンとともに4曲目の〈Untitled〉へ。このへんは曲名はどうでもよくて、曲想が変化したのでこういうふうに区分けしたと考えたほうがよいのだろう。
3連を基本としたエレクトリック・ベースの上にシンセのエフェクトが重なり、マイルスの音は時にミュートっぽかったりして美しい。サックスやギターへとソロは移るが、再びマイルスに戻り、やがて終わりのアクションがあったのか、会場から拍手が湧き起こる。

HMVの解説には 「異様なテンションをまとってフリーフォームで暴れ回るアガパン・バンド」 とあるがテンションはともかく、暴れ回るという形容はこのライヴにそぐわなくて、リズムとリズムの交錯のなかの静謐というのが的確な印象だと思う。


Miles Davis/Live in Tokyo 1975 (Hi Hat)
Live in Tokyo 1975




Miles Davis Septet/Prelude & Funk
Shinjuku Koseinenkin Hall, Tokyo, 1975.01.22
https://www.youtube.com/watch?v=e8QQaDufPus

Miles Davis Septet
Shinjuku Koseinenkin Hall, Tokyo, 1975.01.22 (Full)
https://www.youtube.com/watch?v=pwEF5GNCQko
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末尾ルコ(アルベール)

音楽は時間を置いて聴くと違った印象になるからおもしろいですね。(もう飽きたかな)と感じていた音楽が突然新鮮に聴こえたり、より深く聴こえたりすることがあります。このアルバムもこのお記事を読みながらまた聴いてみます。今まで以上に愉しめそうです。  ウェルベックは今、『素粒子』を読み返しています。「過激」なイメージとは裏腹の、フランス文学伝統の味わい深く詳細な書き込みもあって、腰を据えて愉しめます。  RUKO
by 末尾ルコ(アルベール) (2016-11-11 08:05) 

KENT1mg

写真がめちゃかっこいいです。^_^
by KENT1mg (2016-11-11 18:50) 

NO14Ruggerman

「アガルタ」・・これも久々に針を落としてみました。
音楽よりも驚いたのはライナーノーツです。
改めてじっくり読むと非常に興味深い(購入期は面倒くさくて読まなかったと思います)児山紀芳氏との対談でマイルスに氏が聴き辛い質問をがんがん投げかけマイルスもケンカ腰で応える、というバトルが繰り広げられてます。
オルガンの和音のこともQ&Aされてました。
マイルスの答えはハーモニーではなくメンバーに対する演奏の
パートを変えるシグナルだとのこと。
by NO14Ruggerman (2016-11-12 10:39) 

lequiche

>> 末尾ルコ(アルベール)様

たぶん経験値だと思うんです。
必ずしも音楽だけでなく他の知識とか経験が
いままでと違った感覚を醸成するような気がします。
つまり今まではバカだったということですね。(^^)

ウエルベックは『地図と領土』を読み始めたのですが、
他に優先することがあって止まっています。
フランス文学伝統の、ですか。
そういう土壌はありますね。
by lequiche (2016-11-12 11:39) 

lequiche

>> KENT1mg 様

このデカいサングラスっていうのは
当時流行りだったのか、
それともマイルスが 「オレがやったら流行りだ。文句あるか!」
なのかよくわかりませんが、
そもそもこの頃のマイルスのファッション全体が
今みるとカッコイイのかカッチョワルイのかよくわからなくて
そこがまたいいですね。(^^;)
by lequiche (2016-11-12 11:39) 

lequiche

>> NO14Ruggerman 様

おお〜、そうなんですか。是非読みたいですね。
私はそもそもアガルタあたりは持っていなくて、
マイルスとかビートルズとか超有名なのは
あまり買っていなかったんです。
いつでも買えるし、聴けるので。
しかもほとんどが輸入盤なのでそれは知りませんでした。
最近、国内盤のほうがいいよ! という悪魔の囁きがあって、
その理由がだんだんとわかってきました。
今のCDにも同じ内容が収録されているといいんですけど。

マイルスのオルガンの音は一種のヴァイオレンスで
その頃のマイルスの強い意志を感じます。
エレクトリック・マイルスも結構面白いなと思ったのは、
この前書いたマイルス・スマイルスでも感じたのですが、
思っていたより緻密に作っているな (コラコラ ^^;)
という印象なんです。
by lequiche (2016-11-12 11:39) 

hatumi30331

オフ会、楽しいですよ✨参加してみませんか?
by hatumi30331 (2016-11-12 15:18) 

そらへい

1月22日、新宿厚生年金会館大ホール
調べたらまさにこの日、私は聞きに行っていますね。
しかし、記憶に残っているのはマイルスの尊大な態度と
メンバーがアンプのボリュームを上げまくって、
何のためのPA調節かと思えるほど
私の席はちょうど櫓に組まれたスピーカーの前で
その暴力的な音の洪水に辟易した思い出があります。
ただ、それでもマイルスがエレクトリックトランペットを
腰をかがめて地中に吹き込むように
吹いていたのが印象的でした。
完成した音楽としてはとても聞ける状態では無かったのですが
そのCDで客観的にあの日の演奏を聴き直してみたいですね。
ソニーフォーチュンのソロはかすかに記憶があります。
by そらへい (2016-11-12 21:47) 

lequiche

>> hatumi30331 様

ありがとうございます。
でも時間と交通費 (笑) の点で今のところちょっと無理です。
行ける機会ができるといいですね。
by lequiche (2016-11-13 03:34) 

lequiche

>> そらへい様

おおお、素晴らしいですね。
マイルスの尊大な態度! 思わず笑っちゃいました。(^^)
音はその頃だとPAに対する認識が未成熟ですから
そういうことになってしまったんだろうと思います。
このCDだとライン録りですから、
音はオフィシャルと同様のクォリティです。
今まで2人のギタリストは最低だと思っていたのですが、
こうして聴くとまるで違った印象があります。
フォーチュンのソロは良いですね。

これから書くつもりなのですが、
比較的最近リリースされた日本公演には、他に
1973年の新宿厚生年金、1981年の福岡サンパレスがあります。
1973年と1975年でも音や曲構成は微妙に異なり、
非常に面白いです。
by lequiche (2016-11-13 03:35) 

るね

昔々、各界の著名人(今風の言い回しでいえばセレブ)の一口話を集めたような本を読んだ時、マイルスを評した「卵の殻の上を歩く男」という言葉がずーっと印象に残っております。
同じく昔々、しばらくペットを吹いておりましたので、この人の物凄さはちょーっとだけわかった気でおりますが(^^;)
by るね (2016-11-15 02:48) 

lequiche

>> るね様

「卵の殻の上を歩く男」ですか。絶妙ですね。
いろんなこと言われても本人がどう考えていたかはわかりませんが、
でも現れる音楽は抽象でも、そこから感じられる何かがあります。
トランペットもできるんですか!
では今度、是非演奏をお聴かせください。(^^)
マイルスの後、反動のようにして
たとえばウィントン・マルサリスとか出て来ましたが、
上手いですけどね。でも〜……ということです。
by lequiche (2016-11-15 14:26) 

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