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失うまでは気づかないもの — 吉川晃司〈SOLITUDE〉 [音楽]

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今となっては曖昧であやふやな記憶で間違っているかもしれない。それは音響機材の展示会だったかあるいは単なる楽器フェアみたいなのだったか、ともかくそうした会場の中にブースがあって、何かの機器のセールスの一環としてのデモンストレーションだった。結局、売ろうとしていたのが何だったのかさえ覚えていない。
ともかく音源があって、それはまだデジタル以前の時代だったからおそらくマルチトラックのテープだったのだろうが、その音をミキサーを通して聴かせてくれるプレゼンテーションであった。

業界関係への説明があって、そんな内容はよくわからないのだが、さて試聴音源は、という話になった。プレゼンターが 「本日は吉川晃司の歌をお聴かせ致します」 と言ったので、会場内が一瞬、えええ〜……みたいな反応になった。たしかまだ吉川晃司はいわゆるアイドル系だと思われていた頃で、COMPLEXなどより以前である。「そんなの素材として聴かせるなよ」 的なリアクションだったのである。
だがそんな反応にはかまわずプレゼンは始まった。何の曲だったのか忘れたが、あ、これ聴いたことがある、というような吉川の何かのヒット曲だったと思う。比較的アップテンポの曲だった。会場内には 「あ〜あ」 的な雰囲気が漂った。たぶん素材には、たとえばジャズとかそんな音源を期待していたのだろうと思う。
ところがマルチトラックなので各トラック別に音を鳴らしていって、またエフェクトの効果なども確かめてから、「ではヴォーカルがどんな感じか聴いてみましょう」 ということになって、ヴォーカルトラックのみが選択された。つまり伴奏の音は消されて吉川晃司のヴォーカルだけがアカペラで、エフェクトもカットされて流されたのである。その瞬間、ざわめきがなくなり、皆、黙ってしまった。あまりに完璧で圧倒的なヴォーカルだったからである。「この人、こんな上手いんだ」 というのが誰もが持った感想だったと思う。
そのヴォーカルに次々に音を重ねていって、つまりミキサーで次々にフェーダーを上げていって全体像ができあがったとき拍手が起こった。それはたぶん、ミキシングの結果への拍手ではなくて、吉川晃司への歌唱への拍手だったのだと思う。結果として機器のプレゼンという初期目的は達せられたのかどうかよくわからない。

リンクしたのは〈この雨の終わりに〉と〈SOLITUDE〉。どちらも松井五郎作詞、吉川晃司作曲の作品である。

〈ソリチュード〉というタイトルの曲で最も有名なのは、もちろん、デューク・エリントンの〈ソリチュード〉であるが、たぶんビリー・ホリデイの特徴的な声の歌唱を思い出すことが多いだろう。だがリンクしたこの〈SOLITUDE〉はエリントンでもなく、中森明菜でもなく、吉川のオリジナル曲である。前半部はピアノ:山下洋輔、ベース:坂井紅介、ドラムス:村上ポンタ秀一の伴奏で歌われている。

「夜の終わりを探してる」 「もう二度と逢えないと」 「なにもいまここにはないのに」 とダークな歌詞が重なる。そして 「失うまでは気づかないもの」 とは何だろうか。「よごれた手には戻らないもの」 とは。
失ってしまってから気づいてもそれは遅いのだ。でも失ったものは失う前までは決してわからない。


吉川晃司/この雨の終わりに
https://www.youtube.com/watch?v=-TJ_nVz_9I0

吉川晃司/SOLITUDE
https://www.youtube.com/watch?v=tqdZwjqiCZE
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