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《リラのホテル》― かしぶち哲郎 [音楽]

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かしぶち哲郎 (1950-2013)

かしぶち哲郎の1stソロ・アルバム、《リラのホテル》(1983) を聴く。
冒頭曲の〈ひまわり〉でやられてしまう。

 夢は遠く 果てしなく
 夜空あおぐ 運命よ

「夢は遠く 果てしなく」 って、ちょっと恥ずかしい。昔の歌謡曲 (J-popではなく) とかグループサウンズの歌詞を彷彿とさせる。その恥ずかしさが臆面も無く出てくるのがかしぶちワールドなのかもしれない、と思う。tr2のタイトル曲〈リラのホテル〉はもっとすごい。

 リラ
 幻か この時 素敵だ!

何の衒いもなく 「素敵だ!」 と言えてしまうところがかしぶちの歌詞なのだ。「リラ」 のホテルだからかしぶちなので、もし 「ライラック」 のホテルだったら何か違う。

かしぶちの所属していたムーンライダーズはほとんど知らないけれど、かなり後期に誘われてライヴに一度だけ行ったことがある。それから遡ってムーンライダーズの前身バンド、はちみつぱいの《センチメンタル通り》(1973) を聴いたりして、あぁ大瀧詠一だ、と思ったりした (違うんだけど)。
では、かしぶちは何で知っているのかというと、安田成美のアルバム《ginger》(1988) によってである。《ginger》は大貫妙子がプロデュースした唯一の、いわゆるアイドル・アルバムで、私にとっては超名盤なのだがずっと廃盤のままである。
大貫のプロデュースであるから半分は彼女の曲であるが、このなかにかしぶち哲郎の書いた作品が〈パパを愛したように〉と〈突然彼を奪われて〉の2曲あって、そのコケティッシュなウィスパー・ヴォイスと曲の相性が絶妙である。でも、かしぶちの歌詞はいつも素朴で、あまり深刻ではない。深刻にするのを嫌っているようだ (《ginger》については→2012年09月20日ブログ参照)。

かしぶちの声もウィスパー・ヴォイスというほどではないが、ソフト・ヴォイスである。その声と、古くさいとは言わないけれど、80年代的な音作りの、ややチープともいえる懐かしいサウンドを繰り返し聴いていると、それは決して弱々しい音楽ではないのだと思えてくる。そもそも 「やさしさ」 とか 「よわさ」 というのは、いったい何なんなのだろう?

tr3の〈Friends〉で歌詞のほとんどが簡単な英語の単語で綴られているのも、逆に一種のたくらみを感じる。一緒に歌っている矢野顕子のこの頃の声は素晴らしくクリアだ。

 Bedの中で Breakfast music
 夢は So-long 恋は Suddenly

という最初のフレーズで、これは突然起こった恋の予感みたいなものなのか、と思ってしまうのだが、でもそれは現実なのかという淡い懐疑がいつもつきまとう。それにこれは恋ではなく友だち→友情なのだ (歌詞には頭韻のようにB-B、S-Sの連鎖があるのがわかる)。
同じフレンズというタイトル曲にはREBECCAの〈フレンズ〉(1985) もあり、こちらのフレンズのほうがインパクトも強烈だし、大ヒット曲だし、ずっと有名だ。しかしそれらは 「フレンズ=友だち」 とはどういうものなのか、ということを考えさせてくれる触媒ともなりうる。つまり、ああいうフレンズもあれば、こういうフレンズもあるということである (私はREBECCAを後追いでしか知らないのだが、初期の〈Wearham Boat Club〉みたいなのがとても好きだ)。

最もダークなのはtr7の〈堕ちた恋〉である。

 どうして つらい恋心
 今日も二人抱き合う
 どこまで 堕ちる恋なのか
 朝の光が まぶしい

 どうして つらい恋心
 悲しみだけを残し
 どこまで 堕ちる恋なのか
 今日も二人 さまよう

 どうして つらい恋心
 想い出だけを残し
 どこまで 堕ちる恋なのか
 今日も二人 抱き合う

最後に続くルフランは 「どうして つらい恋心」 「どこまで 堕ちる恋なのか」 が変わらず、他の言葉が変化してゆくが、「抱き合う」 「朝の光」 「悲しみ」 「想い出」 など、ひとつひとつはどれもが平凡でむしろ陳腐だ。そんな簡単な言葉だけで、不安感・焦燥感を煽ってゆくがそれはいつも淡彩で抽象的だ。決してリアルさを見せようとしないし、リアルさそのものが本物なのかどうかもわからない。

かしぶちにはアイドルなどのJ-popへの提供曲も多く、また編曲も多い。もっとも有名なのは編曲を担当した岡田有希子の〈くちびるNetwork〉(1986) だろう (作詞:松田聖子、作曲:坂本龍一、編曲:かしぶち哲郎)。
そうしたコマーシャルな仕事からやや距離を置いているように見えるかしぶちのソロは、かげろうのようでもあり、せつな過ぎるようにも思える。でも音楽とはもともとせつなく淡くて、空間に消えてゆくものなのである。


かしぶち哲郎/リラのホテル (midi)
リラのホテル(紙ジャケット仕様)




かしぶち哲郎/ひまわり
https://www.youtube.com/watch?v=-N5wQhukzss

かしぶち哲郎/Friends
https://www.youtube.com/watch?v=gQOCKc0CzIQ

安田成美/パパを愛したように
https://www.youtube.com/watch?v=AZMYmOzUQG0

岡田有希子/くちびるNetwork
https://www.youtube.com/watch?v=m4RRHMBAHYg

ムーンライダーズ+矢野顕子/砂丘 (live 2011)
https://www.youtube.com/watch?v=A40FNHm6qac

REBECCA/フレンズ (1985.12.25・渋谷公会堂)
https://www.youtube.com/watch?v=WzNEwUIHVFA
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