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柴田南雄『音楽の理解』を読む [本]

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柴田南雄 (毎日新聞サイトより)

書棚の中から黴臭い古い本を見つけて、でもパラパラと読んでみたら面白い。それは柴田南雄の『音楽の理解』というエッセイ集なのだが、今から50年も前に書かれた本であるのに、今の時代を予感させる内容もあったりする。
すでにその頃に、作曲とは割に合わないし生産性の無い労働であるとして、今は演奏上位の状況がずっと続いていると書いてあるのだ。
ところどころに鉛筆で傍線等の書き込みがあり、ということは以前にこの本を読んだことがあるしるしなのだが、まるで私の記憶になくて、でもその頃は真面目に本を読んでいた時代だったのかもしれないと思ってしまう。

ルネサンス期のノートルダム楽派あたりの話から時代を追って収録されている音楽への視点に、鋭い個所が見られる。正式に音楽史を学んだわけではないと柴田は述懐し、だからそれを知るためには、専ら楽譜例によりその時代に親しんでいったという。
近年のグレゴリアン・チャントには 「精緻な演奏上の理論が編み出されてい」 て (p.26)、それがその生命を保っていると書くが、逆にいえば当時のグレゴリアン・チャントはもっと素朴でアバウトなものだったという解釈も成り立つ。

レオニヌスやペロティヌスにおける 「目茶苦茶に長い時価のカントス・フィルムス (定旋律) に対して、上声に揺れ動く短い時価の数十個の音符を配した独自のスタイル」 (p.27) は、オルゲルプンクト (持続低音) あるいはオスティナート (同音形反復) であり、その後絶えていたが、20世紀になって、マーラーの中に、全く異なるのだけれど似たアイディアとして現れてきた部分があるというのだ。

また、マニエーレンに関して、その演奏がマニエーレンであるといわれるフリードリヒ・グルダの弾くモーツァルトをTVで観たことの感想から発展させて 「楽譜に忠実に」 というアプローチとはどういうことなのか、に至る考察が面白い。
たとえばグレン・グールドの平均律クラヴィーアは、クラヴィコードの音色を模してああした弾き方をしているのではなく、バッハが楽譜に書いた 「符点は休符に、八分音符のアウフタクトはできるだけ短く」 弾かれたのだということがアーノルド・ドルメッチ (Arnold Dolmetsch, 1858-1940) の『十七・八世紀の演奏解釈』(The Interpretation of the Music of the Seventeenth and Eighteenth Century, 1915) に説明されているのだという (p.57. 柴田本文には1914年初版とあるが、fr.wikiとde.wikiには1915とあり)。
比較されている楽譜を見ると、符点4分音符は4分音符+8分休符であり、アウフタクトの8分音符は32分音符となっている。

つまり楽譜に忠実に、ということは、ベートーヴェンあたりから以降の、かなり記譜法が確立された作品に対していうことであって、「楽譜ではこう書くのだけれども、じっさいの演奏の習慣はこうなのだ」 (p.58) というのをマニエーレンというのだ。

さらにモーツァルトの奏法に関して、1789年のダニエル・ゴッドロープ・テュルク (Daniel Gottlob Türk, 1750-1813) の『クラヴィア奏法』(Klavierschule oder Anweisung zum Klavierspielen für Lehrer und Lernende mit kritischen Anmerkungen) からの詳しい解説があるが、モーツァルトはバロック期ほど楽譜と実際の演奏習慣が異なるほどではないが、しかしバロックを引き摺っている部分もあるし、それがすでにその時代に解説されていることに驚く。

しかしこの本の中で最も断定的でスリリングなのは 「オーケストラについて」 という項目の中の 「交響曲の時代」 の部分で、ごく簡単にいえば交響曲の死について述べられている。その比喩はあまりにもシニカルだ。

 バロック時代と現代との間にはさまれた〈古典派・ロマン派〉の時代、
 つまりほぼ一七五〇年頃から一九五〇年頃までの二世紀間が 「交響曲」
 の棲息した時期であり、とくにその前半の時期には数の上で大いに繁栄
 し後期には大型の個体が比較的少数闊歩していたことが、欧州各地から
 の化石――その蒐集はじつに完全である――によって明らかである。そ
 れらの化石はシンフォニー・コンサートという名の博物館で絶えず陳列
 替えが行なわれており、今日でもそれを鑑賞する人の列は絶えることが
 ない。(p.84)

音楽のサイズからいえばそれはまさに恐竜なのでこうした形容が成立するのだろうが、それはともかくとして、オーケストラに関する示唆 (その外見と内実) に富んでいることは疑いない。

(つづく→2017年08月30日ブログ)


柴田南雄/音楽の理解 (青土社)
音楽の理解




柴田南雄著作集 第1巻 (国書刊行会)
柴田南雄著作集 第1巻




グレン・グールド/平均律第2巻第9番フーガ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5025959

グレン・グールド/フーガの技法
https://www.youtube.com/watch?v=4uX-5HOx2Wc
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